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プロ野球仰天伝説

幻に終わった「投手イチロー×松井秀喜」/プロ野球仰天伝説202

 

長いプロ野球の歴史の中で、数えきれない伝説が紡がれた。その一つひとつが、野球という国民的スポーツの面白さを倍増させたのは間違いない。野球ファンを“仰天”させた伝説。その数々を紹介していこう。

オールスターは“真剣勝負”か“お祭り”か



 1996年7月21日、東京ドームで行われたオールスターゲームの第2戦は8回を終わって7対3。仰木彬監督(オリックス)率いるパ・リーグが、野村克也監督(ヤクルト)の指揮するセ・リーグをリードしていた。9回表も全パの西崎幸広日本ハム)が2人を打ち取って、すでに二死。次の打者の松井秀喜巨人)が打席に向かおうとした、その瞬間だった。仰木監督が一塁ベンチを出て投手の交代を告げた。

「ピッチャー、イチロー」

 沈滞ムードにあった東京ドームが一気に盛り上がる。大歓声のなか、イチロー(オリックス)はライトから小走りでマウンドへ向かった。怒ったのは野村監督だ。ゆっくりと三塁ベンチを出て松井に歩み寄る。

「おまえ、嫌だろう?」

「僕は、どっちでもいいですよ」

 苦笑しながら答えた松井だが、野村監督は松井をベンチに下げ、代打に自軍のクローザー、高津臣吾(ヤクルト)を送った。大歓声がブーイングに変わり、ヘルメットをかぶった高津が打席に向かう。結局、高津はカウント2−2から遊ゴロ。試合終了となった。

 試合後も野村監督の怒りは収まらなかった。「名監督と言われる人が、人の痛みを分からんようでは困る」と仰木監督を痛烈に批判した。松井はセ・リーグを代表する打者。打てばご愛嬌も、打ち取られたら深く傷つくと松井のプライドを守ったわけだが、それ以上に格式あるオールスターで、そのような“演出”をすることが許せなかった。

 野村監督には、オールスターは選ばれし者たちが“真剣勝負”する夢舞台という考えがあり、年々、ショーアップ化が進むことを苦々しく思っていた。「(登板指令も)常識ある者なら拒否する」と怒りの矛先はイチローにも向けられた。

 仰木監督の考えは明快だった。オールスターは“お祭り”でもある。「イチローの投手としての才能をファンに見てもらいたかった」と起用の理由を説明。シーズン中には決して見られない“演出”こそ、オールスターの醍醐味であるという考えだった。野村監督が松井を退けたことについては「相手のことは関係ない」と多くを語ろうとしなかったが、イチロー登板には「ファンには十分に喜んでもらえたと思う」と胸を張って答えた。

 もっとも、一番困惑していたのは当の本人たちだったろう。松井が「僕みたいな若造が、とやかく言うことじゃないでしょう」と語れば、イチローも「僕も本職じゃないですから。気持ちいいのと悪いのといろいろです……」と複雑な胸の内を語った。

“真剣勝負”か“ファンサービス”か。両監督の采配については選手、関係者からも賛否両論が渦巻いた。そして尽きることのないテーマとして、ファンの間では現在なおも語られている。

写真=BBM

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週刊ベースボール編集部

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