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ホークス80年

30本塁以上は16人 野村、門田、小久保…ホークス長距離砲の系譜/ホークス80年「栄光の歴史04」

 

1938年3月1日、南海野球株式会社が設立されたから80年が経過した。47年にチーム名が南海ホークスとなり大阪で黄金時代を築いたチームは現在、九州・福岡の地でダイエーを経て、ソフトバンクホークスとして栄華を誇っている。プロ野球史に燦然と輝くホークス。その栄光の歴史を週刊ベースボールONLINEで振り返っていこう。

ホークス初のスラッガーとは……


ダイエー・門田博光


 ホークスは2017年まで通算1万183試合を戦い、8433本塁打をマークしている。シーズンで30本塁打以上を放った選手は16人(延べ45人)で、40本塁打以上は5人(延べ13人)。そんなホークスのホームランバッターの系譜をたどってみる。

 チーム結成2年目の1939年、ルーキーの鶴岡一人が10本塁打を放ち、チーム史上初の本塁打王に輝く。このころ、本塁打の数は少なくスラッガーと言える選手はほとんどいなかった。戦時中は物資不足に陥りボールも粗悪になり、1ケタの本塁打王が当たり前だった時代。戦後、プロ野球が復活した46年、セネタースの大下弘が20本塁打を放ち、ファンも本塁打の華やかさに魅せられた。48年からラビットボールと呼ばれた「飛ぶボール」を採用し、本塁打の数は飛躍的に伸び、49年には阪神藤村富美男が46本塁打、50年には松竹ロビンスの小鶴誠が51本塁打と驚異的な本数をマークしている。しかし南海は、46〜52年まで7年連続盗塁王を輩出しているように機動力野球というチームカラーで、ラビットボールが使用された48〜50年の最多本塁打は、49年の飯田徳治の27本だった。

 南海初のスラッガーと言えるのは野村克也だ。4年目の57年に30本塁打を放ち初のタイトルを獲得。61年に29本で2度目の本塁打王に輝くと、その年から8年連続キングに君臨した。62年は44本、63年は52本の日本新記録を達成。翌年、巨人王貞治に記録は塗り替えられたが、現在でも球団トップの記録として輝いている。南海在籍中645本塁打を放ち、これも球団記録だ。

 野村が兼任監督となった70年、左のスラッガー・門田博光が入団。1年目は79試合で8本塁打に終わったが、翌年は31本塁打を放ち素質が開花。79年にアキレス腱断裂の大ケガをするが、翌80年は自己最多の41本塁打を放ち完全復活。81年には44本で初のタイトルを獲得。83年にも40本で2度目の本塁打王。不惑の40歳となった88年、44本塁打、125打点で二冠を獲得。チームは5位と低迷したが、リーグMVPに輝く大活躍を見せた。しかしペナントレース終了直後、ダイエーが南海を買収。そして「昭和」も幕を閉じた。

 大阪から福岡へと本拠を移し89〜92年は狭い平和台球場を使用していたが、93年に広い福岡ドームが完成。本塁打数も139本から75本に激減した。ここからホークスのスラッガー獲得が始まった。翌94年、青学大から小久保裕紀が入団。2年目の95年に28本塁打と30本は下回ったが本塁打王を獲得した。タイトルはこの1回だけだったが、97年に福岡ドーム初の30本超えの36本、01年には自己最多の44本を放つなどホークスの主砲として活躍した。

平成最初で最後の三冠王


ソフトバンク・松中信彦


 95年には強打の捕手・城島健司が入団。00年代前半に30本塁打以上を3度もマーク。左の主砲として97年に入団したのが松中信彦。アトランタ五輪の主軸として活躍したが、2年目までは木製バットに悩まされ、3本塁打と低迷した。しかし3年目に23本塁打を放つと、00年には33本塁打。04年は打率.358、44本塁打、120打点で平成初の三冠王を獲得。翌05年も自己最多の46本塁打で2年連続タイトルに輝いた。30本塁打以上5度は、野村の10度、門田の7度に次ぐ成績。ダイエーからソフトバンクとなった00年代を支えたスラッガーだった。また松中と同期入団の井口資仁も01年に31本塁打をマークしている。

 松中の46本以降、11年に低反発の統一球を採用した影響もあるが、30本を超える選手は9年間途絶えた。15年、福岡ヤフオクドームにホームランテラスが設けられ、松田宣浩35本、柳田悠岐34本、李大浩31本と10年ぶりに30本塁打以上が3人も誕生。柳田は17年も31本を放っていて、今季は本塁打王のタイトル獲得も現実味を帯びている。

 17年はロッテから移籍したデスパイネが35本塁打でチーム12年ぶり、外国人としては初のタイトルを獲得した。外国人選手で30本塁打以上をマークしたのは63年のハドリの30本が最初で、ジョーンズは70〜73年と4年連続。ダイエー時代は89年のアップショー、バナザードのコンビと91年のラガ。04、05年はズレータが2年連続30本超え。特にソフトバンク1年目の05年は外国人では球団トップの43本塁打を放ち、松中とタイトルを争っている。

<毎週金曜公開予定>

写真=BBM

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週刊ベースボール編集部

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