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甲子園ヒーロー列伝

東邦・坂本佳一、15歳バンビの夏(甲子園ヒーロー列伝/12)

 

甲子園では無心で投げ続けたという


 100回の記念大会を迎える夏の甲子園。週べオンラインでも甲子園を沸かせた伝説のヒーローたちを紹介していこう。

 あの夏、15歳の少年が高校野球ファンを魅了した。

 1977年(昭和52年)、東邦(愛知)の1年生投手、坂本佳一である。
 手足と首の長い、きゃしゃな体と、あどけない笑顔でついた愛称は「バンビ」だった。

 中学時代、軟式野球部に入ったが、外野の補欠で目立つ存在ではなかったという。高校でも野球を続けたいと思っていたが、父親が勧める名古屋電気のセレクションは不合格となった。

 大した根拠はないが、なぜか受かると思い込んでいたという坂本は大きなショックを受け、「名電を破って見返したい」と思った。
 
 選んだのが東邦だ。一般入試だったが、阪口慶三監督は、坂本の肩の強さに注目し、投手に抜てき。つまりは、ここから投手をはじめ、しかも硬式球を握ったばかりということだ。

 以後、苦しい練習を「打倒名電」を胸に耐え抜く。背番号10をもらった夏の愛知大会では3年生を押しのけ、主戦格として投げ続け、決勝の名古屋電気戦にも先発。6対1で勝利を飾り、早くも念願を果たした。
 
 エースナンバーを背負った甲子園でも快進撃は続く。初戦(2回戦)で高松商(香川)を6−2、3回戦で黒沢尻工(岩手)を8−0、準々決勝で熊本工(熊本)4−0、準決勝では大鉄(大阪)5−3で下した。

 伸びのあるストレートにシュート、カーブのコンビネーション。一戦ごとに成長し、また宿舎を取り囲む女の子たちが増えた。

 コメントは淡々としていたが、いつもニコニコと笑顔を絶やさず、大会関係者に「グラウンドで、あまり白い歯を見せてはいけない」と注意されたこともあったらしい。

 決勝の相手は、左腕エース、松本正志を擁する東洋大姫路(兵庫)だった。息詰まる投手戦になったが、1対1で迎えた延長10回裏、東洋大姫路の四番・安井浩二に史上初の決勝戦サヨナラ本塁打(3ラン)を浴び、敗れた。

 坂本は全5試合を完投。球数は663球だった。

 負けた後も坂本は大きく表情は変えず、「一生懸命やりました。ここまでこられてよかったです」と話す。ぼう然とはしていたが、涙はなかった。

 坂本は「また来るからいりません」と甲子園の土を持ち帰らなかったが、のちのインタビューで、「実は練習中にこっそりコーラの空き瓶に詰めていた」と明かしていた。

 大会が終わってもバンビフィーバーは終わらない。地元は、まるで優勝したかのような大騒ぎとなり、坂本に黄色い声援が飛んだ。
 坂本の家には段ボール箱いっぱいのファンレターが届き、どこで調べたのか、家の電話も朝から晩まで鳴りっぱなし。ついには布団をかぶせてしまったという。

 ただ、その後、坂本は二度と甲子園の土を踏むことはなく、大学、社会人でも野球を続けたが、ヒジの故障もあって結果は残せなかった。
週刊ベースボール編集部

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