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石田雄太の閃球眼

あなたはユニフォームの力を信じますか?/石田雄太の閃球眼

 

今春のセンバツで力投する乙訓高のエース・川畑大地。夏は惜しくも龍谷大平安の前に涙をのんだ


 夏の高校野球100回――。
 
 この夏、100回目を迎える甲子園大会には、99回の歴史が積み重なっている。米騒動や戦争で中止となった年もあり、優勝校はのべ97校。つまり、97人の“夏の優勝投手”がいることになる。

 甲子園歴史館に行くと、いろんな高校のユニフォームを間近に見ることができる。星稜高のユニフォームがこんなにタマゴ色だったのかと驚かされたり、ボタンが1つだけついている横浜高のユニフォームを見て、「神奈川ではこのボタンを外して着るんですよ、甲子園では絶対、無理だけど」と笑っていた選手の話を思い出したり……そういえばこの横浜高のユニフォーム、地の部分はグレーで、神奈川大会では背中に縫い付けられる背番号も、同じグレー地の布に数字が描かれている。しかし、甲子園での背番号は白地の布に黒の数字でなければならない規定がある。横浜高も甲子園に出場するとグレー地のユニフォームに白地の背番号を縫い付けることになっている。だから、横浜のエースにとって、甲子園に出て白い背番号1をつけることは誇りでもある。以前、松坂大輔がこう言っていた。

「横浜の1番には姿勢、人望、練習量、実力、佇まい、雰囲気、すべてが求められます。まして、それ(白地の1番)は甲子園に出た証ですから、特別なものでした」

 この夏、京都で注目していた乙訓高と龍谷大平安高の対決は、準々決勝で実現した。去年の秋、京都を制してセンバツへ初出場を果たした乙訓高は、春の京都大会でも優勝していた。しかし龍谷大平安高とは戦わずしての優勝に、市川靖久監督はあえて「平安を倒してこその夏の甲子園」と言い続け、「ミーティングでもユニフォーム負けした段階で勝ち目なし、という話をしています」と、選手たちに檄を飛ばしてきた。

 一方の龍谷大平安高は、夏の甲子園で3度の優勝を誇る、京都一の名門校だ。昨秋、春ともに乙訓高と戦わずして敗れ、この夏に並々ならぬ執念を見せていた。それは龍谷大平安高が春夏合わせて甲子園通算100勝まであと1つに迫っていて、それをこの100回大会で何が何でも達成したいという思いがあったからだった。原田英彦監督は「通算100勝を100回大会で実現できるチャンスが来た、これは縁かなと思うし、絶対に逃したくない」と話していた。

おもしろいと思ったのは、乙訓高の市川監督が感じた「平安とやると球場の空気が変わって“HEIAN”のユニフォームにのまれてしまう」という話と、龍谷大平安高の原田監督の「平安のファンは多いから、お客さんが多い球場に行くと雰囲気が変わってプレッシャーを感じてしまう」という話が表裏一体だったことだ。伝統が、平安高の選手にも相手の選手にも良きにつけ悪しきにつけ、影響を及ぼしてしまうというのである。それほど、高校野球におけるユニフォームの力は大きいのだ。

 そして今年の準々決勝、名門の誇りを感じさせてくれたのが、平安高の背番号1、小寺智也だった。立ち上がりから力のあるストレートをコーナーに決め、低めのボールゾーンにキレのあるスライダーを投げて相手にバットを振らせる。秋、春のチャンピオンである乙訓高に対し、臆することなく、いや、むしろ見下ろして堂々と投げている。そのマウンド上での佇まい、立ち居振る舞いからは、平安高の背番号1をつけるプライドを感じずにはいられなかった。

 乙訓高の背番号1、川畑大地もセンバツを経験して大きく成長し、この夏はチーム内のライバルを引き離してエースとしての絶対的な信頼を勝ち得ていた。もともと精神的に強い川畑ではあるが、それでも平安の執念にいつしか疲弊したのか、大一番であり得ない失点を重ねた。終わってみれば11対0、5回コールド――その後、決勝で立命館宇治高を倒して“100回大会で甲子園通算100勝”に挑むことになった原田監督は、今大会、1点も失うことのなかった小寺について、こう言った。

「やっぱり、ウチのエースですよ。しっかり締めてくれました」

“HEIAN”のユニフォームには甲子園で99回も勝ってきた歴史が積み重なっている。龍谷大平安高の背番号1は毎年、1人だけ。乙訓高との試合の小寺からは、その誇りを感じさせられた。しかし、“Otokuni”のユニフォームもまた、この春、甲子園で1勝を挙げた。そういう歴史が積み重なって、それがユニフォームの持つ力となる。乙訓高のエース、川畑からもオーラは十分に感じた。すでに乙訓高のユニフォームには、他校を圧倒するだけの力が備わっているのだ。それぞれのユニフォームに、それぞれの歴史は着実に積み重ねられている――。

文=石田雄太 写真=BBM
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