週刊ベースボールONLINE

ホークス80年

ホークスの歴史を彩った「エースの系譜」/ホークス80年「栄光の歴史08」

 

1938年3月1日、南海野球株式会社が設立されたから80年が経過した。47年にチーム名が南海ホークスとなり大阪で黄金時代を築いたチームは現在、九州・福岡の地でダイエーを経て、ソフトバンクホークスとして栄華を誇っている。プロ野球史に燦然と輝くホークス。その栄光の歴史を週刊ベースボールONLINEで振り返っていこう。

2リーグ制後、初の絶対的エース・杉浦


南海・杉浦忠


 1938年の球団創設から昨年までホークスは通算5178勝をマークしているが、229人の投手が「勝利投手」になっている。その中からチームを牽引したエースを時代ごとにたどってみたい。

 球団創設当時は選手層も薄かったが、40年には明大の大型左腕・清水秀雄が入団。42試合で11勝23敗だったものの、投球回308、防御率1.75、奪三振270とチームの大黒柱となった。また清水は投げないときは一塁でも出場し規定打席にも到達。まさに「二刀流」の活躍だったが、翌年は応召されチームから一時離れている。そんな中、救世主として現れたのが京都商から入団した神田武夫。41年は52試合に投げ、チーム43勝の中、25勝をマーク。42年も24勝を挙げたが、肺病を患っており、43年は登板がないまま7月に死去。悲劇のエースだった。

 戦後の1リーグ時代の4年間(46〜49年)は2度の優勝を果たしているが、このときのエースは別所昭(のちに毅彦)。46年の初優勝時は19勝をマーク。47年は30勝を挙げ最多勝を獲得。2度目の優勝の48年もチーム最多の26勝で押しも押されもせぬエースとなったのだが、待遇面の不満から巨人に移籍し、ホークスはまた大黒柱を失った。

 2リーグとなり、常勝チームとなるが絶対的エースはいなかった。ホークスが究極のエースを手に入れたのは58年。立大から杉浦忠が入団。1年目は27勝を挙げ新人王を獲得。そして2年目の59年は38勝4敗と驚異的な成績を残し、チーム4年ぶりのリーグ優勝の立役者となった。日本シリーズの巨人戦は4連投4連勝で悲願の日本一に大貢献した。杉浦は翌60年も31勝をマーク。その後、登板過多から血行障害に悩まされるが64年まで7年連続2ケタ勝利で、チーム2番目の通算187勝を挙げた。

 杉浦が絶好調だった60年、ホワイトソックスからスタンカが入団。日本の野球にも即対応し、いきなり17勝を挙げローテーション投手に定着。64年は26勝でリーグ優勝に貢献すると、阪神との日本シリーズでは第1戦に完封、2勝3敗の窮地から6、7戦を連続完封。シリーズ3完封、2試合連続完封はいまだに輝き続けるシリーズ記録だ。

 時代はちょっとさかのぼって54年、宅和本司皆川睦男(のちに睦雄)という高卒の2人が入団。宅和は1年目に26勝、2年目に24勝で連続最多勝を獲得するが、その後、故障で短命に終わる。一方、皆川は3年目にプロ初勝利をマークし11勝を挙げると8年連続2ケタ勝利。いまでこそ、この記録はすごいのだが当時は2ケタは当たり前の時代で、皆川はつねに3、4番手の投手だった。それが68年に31勝を挙げる大活躍。プロ野球史上最後の30勝投手で、通算221勝はホークスでは唯一の200勝投手だ。

 70年から野村克也監督となるとメンバーの入れ替えも激しくなる。73年、巨人から山内新一を獲得。いきなり20勝をマークし南海最後の優勝に貢献。76年にも20勝を挙げた。その後もエース格としてチームを支えた。81年に山内孝徳山内和宏が入団。「山内トリオ」として話題を呼んだ。82年には3人ともに2ケタ勝利を挙げトリオは実力を発揮。山内和は83年に18勝で最多勝を獲得、山内孝は82年から7年連続2ケタ勝利とチームの低迷期を支えたエースだった。

4年間で勝率は驚異の8割


ソフトバンク・斉藤和巳


 ダイエーとなった89年からもチームは低迷、吉田豊彦村田勝喜若田部健一と2ケタ勝利を挙げる投手はいたものの、大黒柱と言えるエースは現れなかった。95年に西武から工藤公康がFA移籍しチームの柱となる。在籍5年間で2ケタ勝利は3度だったが、常勝球団で培った経験が、投手陣に浸透していった。最終年の99年、ダイエーとしての初優勝時にはリーグMVPにも輝いている。

 優勝を狙えるチームになった2000年代、03年に7年目の斉藤和巳が20勝3敗、勝率.870、防御率2.83の好成績で3つのタイトルを獲得。その年から4年連続2ケタ勝利。4年間で64勝16敗、勝率は驚異の8割でまさにエースの活躍を見せた。その時期は杉内俊哉和田毅の左腕エースの存在も見逃せない。杉内は05年に18勝4敗の成績でリーグMVPを獲得するなど、10年間で6度の2ケタ勝利。和田も入団から5年連続2ケタ勝利を挙げ、10年は17勝、11年は16勝とチームを支えた。11年に先発に転向した攝津正は5年連続2ケタ勝利をマーク。5年連続で開幕投手も務め、12年には17勝を挙げ最多勝も獲得している。

<毎週金曜公開予定>

写真=BBM

関連情報

週刊ベースボール編集部

週刊ベースボール編集部が今注目の選手、出来事をお届け

新着 野球コラム

アクセス数ランキング

注目数ランキング