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広岡達朗コラム

いい選手があふれているのに使い切れない巨人/広岡達朗コラム

 

大型補強をすればするほど……


巨人は選手をとっかえひっかえ起用しているように映る


 ヤクルトが1978年にリーグ初優勝してから40年がたつという。

 若松勉を筆頭に、みんな苦労した。最初は私に反発してきた選手もいた。しかし、こちらがモノを言って「分かりました」と即答するような人間ほど分かっていない。「そんなことあるか」と言い返してくるぐらいの子のほうが、一度信じたら強い。

 以前、東大野球部の監督に電話で野球理論を伝えたとき、監督が「分かりました」というから「頭で分かっても体は覚えているのか」と突っ込んだ。「そういえばそうですね」とうなずいた。練習というのは体で覚えるもの。実を結ぶまでは人によって早いか遅いかの差はある。信じたら死ぬまでやり続けることが大切だ。

 当時のヤクルトの選手たちも、そうして栄冠をつかむことができた。

 私がヤクルトの監督に就任した当初、松園直己オーナーから言われたのは「縁があって入ってきた選手を強くして勝て」――これだった。球団がいい選手を数多く取ってやっているのに、優勝争いにすら絡めないというのは情けない。

 では、なぜそうなるかといえば、いい選手を取れば取るほど首脳陣は勉強しなくなるからだ。FA選手に丸投げしていれば勉強する必要性はどこにもない。

 典型的な例が巨人である。他球団に比べると、巨人にはいい選手があふれている。しかし、使い切れない。

 ここにきて重信慎之介をスタメンで起用しているが、少し使ってみたら当座はポンポン打つため使っているに過ぎない。

 セカンドにしても、マルティネスを起用したかと思えば、現在は田中俊太。場当たり的に選手をとっかえひっかえしている。来年以降もまた、FAで大物二塁手を獲得する可能性も捨てきれない。要は、いったい誰を育てたいのかが分からないのだ。これでは、ポジションを取ろうと必死に頑張ってきた選手の思いはどうなるのか。もっと人の心に対する想像力を働かせてほしい。

 松園オーナーがそうだったように「教えて一人前にしてくれ」と言われれば、首脳陣も考える。その結果、私は水谷新太郎角富士夫など最初は箸にも棒にもかからなかった連中を何とか一人前にすることができた。もちろん、それは本人たちの努力があってこそ、だ。私自身、ヤクルト球団にはいい勉強をさせてもらった。

監督になるために勉強する場がない日本


 ところが、いまの時代は現場に「なんでこんな選手を取ったんだ」と言わせてしまう球団も中にはあるそうだ。育てるという発想が現場にない。私に言わせれば、怠慢というしかない。

 シーズンオフには球団をクビになった選手の再チャレンジの場としてトライアウトが実施される。私ならば、足が速くて運動神経がよくても結果がまだ出ていないという選手を「ウチに来たら、教えるコーチがいるから」と言って取る。そうして立派に育て上げるのだ。

 日本球界に指導者が育たないのは、監督・コーチの責任ばかりとも言いきれない。つまり、日本には監督になろうという人間が勉強する場がない。責められるべきはコミッショナーである。コミッショナーがオーナーを説得して、チームを強くするための方法論を授ける。これをやれば、日本の野球は必ずよくなるのだ。

広岡達朗(ひろおか・たつろう)
1932年2月9日生まれ。広島県出身。呉三津田高、早大を経て54年に巨人入団。大型遊撃手として新人王に輝くなど活躍。66年に引退。広島、ヤクルトのコーチを経て76年シーズン途中にヤクルト監督に就任。78年、球団初のリーグ制覇、日本一に導く。82年の西武監督就任1年目から2年連続日本一。4年間で3度優勝という偉業を残し85年限りで退団。92年野球殿堂入り。

写真=BBM

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