今年、創刊60周年を迎えた『週刊ベースボール』。現在1日に1冊ずつバックナンバーを紹介する連載を進行中。いつまで続くかは担当者の健康と気力、さらには読者の皆さんの反応次第。できれば末永く、お付き合いいただきたい。 国鉄が東京スワローズに?
今回は『1964年1月20日号』。定価は40円だ。
国鉄スワローズの球団名が変更されるというウワサが流れていた。
国鉄と業務提携をしたサン
ケイグループが、国鉄色の排除に動いており、本当は「サンケイスワローズ」「フジスワローズ」にしたかったらしいが、国鉄関係者、巨人などからの反発も予想され、まずは、「メジャー同様、球団名に都市名をつけるべき」という大毎オーナー、永田雅一の考えに乗り、「東京スワローズ」になるのでは、というものだ。
ただ、永田もまた、「大毎オリオンズ」を「東京オリオンズ」に変えるかもしれないのだから、やや複雑である。
以前、国鉄が神宮第二球場の本拠地化をあきらめ、それを大学に譲る(有償だが)代わりに第一球場での主催試合を増やすようだ、という話を書いたが、本決まりになった。
この背景に「読売対産経」の争いがある。
国鉄は、もともと東京開催のゲームを後楽園中心に行っていたのだが、後楽園は日本テレビが独占しており、国鉄の主催試合でもテレビ中継ができないことになっていた。
フジテレビを抱えるサンケイグループとしては、メリットなしと判断したらしい。
それまで神宮をメーンにしていたのは東映フライヤーズだったが、こちらは逆に後楽園を中心にしていくから、よくできたものだ。
メディア戦争ともあったが、記事自体は、そこまで激しいものではなかった。
巨人・長嶋茂雄、
王貞治、南海・
野村克也、西鉄・
稲尾和久が欧州旅行から帰ってきたが、野村が盛んにぼやいている。
「巨人と南海というチーム自体の人気の差はあっただろう。しかし、写真を撮るとき必ず主役は長嶋だった。手を挙げるのは長嶋だ。俺はわき役ばかりだった。日本に帰ってきて新聞を見ても俺の写真なんてほとんどなかった。ひがみたくなるのは当たり前だろう」
南海は給料もかなり安かったようだ。
この時点で、月給は長嶋が130万、王が85万から90万、稲尾が130万と言われていたが、野村は70万。ただ、野村の契約更改はまだ行われておらず、52本のホームラン日本記録もあって、「100万でも安い」と野村も“銭闘”に燃えていた。
1月6日には、早くも巨人が合同自主トレをスタートさせた。従来の1月の合同自主トレは禁止されているのだが、今年は東京オリンピック開催でスケジュールが前倒しになったため、そのルールが実行されないらしい。
今回の2枚目。
前回、なぜか使っていなかったと不思議がった12月26日の世紀のトレードの写真だ。
大毎・山内一弘は、永田会長とともに大阪の
阪神事務所を訪れ、阪神・小山正明同席でトレードの会見をした。
トレードに関しては、比較的にドライに受け止めていた山内だが、困ったのが引っ越し代らしい。野球協約では球団から出るのは10万円と決まっていたが、夫人が「一軒家の東京から大阪への引っ越しは、とても10万円じゃできないわ」と嘆いていた。
では、またあした。
<次回に続く>
写真=BBM