週刊ベースボールONLINE

ドラフト会議物語

【ドラフト会議物語03】4球団競合の江夏の交渉権は阪神へ【1966年1次】

 

今年は10月25日に行われるドラフト会議。毎年、金の卵たちが、どの球団へ進むか大きな注目を集める“一大イベント”で、さまざまなドラマも生まれる。今年で54年目を迎えるドラフト会議の歴史を週刊ベースボールONLINEでは振り返っていく。

江夏以外の1位は小粒


左が阪神1位の江夏。1年目から12勝13敗をマークしたが、新人王はサンケイ・武上に


1966年9月5日
第2回1次ドラフト会議(日生会館)

[1位選手]
サンケイ 奥柿幸雄(静岡商高)
近鉄   加藤英治(PL学園高)
広島   須山成二(広陵高)
東京   園田喜則(北陽高)
大洋   松岡功祐(サッポロビール)
阪急   水谷孝 (三重高)
阪神   江夏豊 (大阪学院高)
西鉄   岡村佳典(浜田高)
中日   大場隆広(別府鶴見高)
東映   桜井憲 (日大一高)
巨人   山下司 (伊野商高)
南海   上田卓三(三池工高)

 この年に限りドラフト会議は2回に分けて行われた。夏に公式戦が終わる高校生の進路早期決定への配慮として、9月に高校生(秋の国体出場選手は除く)と社会人を対象とした第1次、そして11月に大学生と秋の国体出場の高校生を対象とした第2次を開催したものだ。蛇足になるが、当時の国体の位置づけは、今とは比べものにならないほど大きいものがあった。

 1位での注目は、甲子園出場こそなかったが、高校生No.1左腕として注目を集めていた江夏。予想どおり阪神、巨人、東映、阪急の4球団が競合し、阪神が交渉権を得た。ほか夏の甲子園優勝投手の上田が南海、西鉄の2球団が競合して南海がクジ引きに勝利した。奥柿がサンケイ、東京の競合でサンケイに。東京は続いて指名した水谷も阪急と競合して敗れ、結局、「外れ外れ1位」で園田を指名している。

 江夏は通算206勝、193セーブを挙げ大投手となったが、ほかの1位は小粒。むしろ2位に広島・三村敏之(広島商高)、西鉄・柳田俊郎(九州学院高)とのちの主力となる選手がいた(柳田の本格開花は巨人移籍後)。さらに西鉄4位に村上公康(日本楽器)、南海5位に桜井輝秀(洲本実高)、東京6位に得津高宏(クラレ岡山)がいた。

 下位でいい仕事をしたのがサンケイ。8位の武上四郎(河合楽器)は新人王となり、9位の浅野啓司(福山電波工高)はのちにエース格となり86勝を挙げた。

 また、“事件”も勃発した。中日が「名城大中退」として8位指名した高井諭が実は退学していなかったことが明らかとなり、中日の交渉権は無効。当該スカウトにはドラフト会議出席禁止と1年間のスカウト登録停止処分が言い渡された。ドラフト事件史の第1号と言えるかもしれない。

<次回に続く>

写真=BBM
週刊ベースボール編集部

週刊ベースボール編集部

週刊ベースボール編集部が今注目の選手、出来事をお届け

関連情報

みんなのコメント

  • 新着順
  • いいね順

新着 野球コラム

アクセス数ランキング

注目数ランキング