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ドラフト会議物語

【ドラフト会議物語30】長嶋新監督が4球団競合の松井秀喜を見事ゲット!【1992年】

 

今年は10月25日に行われるドラフト会議。毎年、金の卵たちが、どの球団へ進むか大きな注目を集める“一大イベント”で、さまざまなドラマも生まれる。今年で54年目を迎えるドラフト会議の歴史を週刊ベースボールONLINEでは振り返っていく。

1位入団のうち8人が社会人投手


巨人の指名を受け、仲間たちの騎馬の上でポーズを取る松井


1992年11月21日
第28回ドラフト会議(新高輪プリンスホテル)

[1位選手]
中日    佐藤秀樹 (三菱重工横浜)
ロッテ   武藤潤一郎(プリンスホテル)
横浜    小桧山雅仁(日本石油)
日本ハム  山原和敏 (川崎製鉄水島)
広島    佐藤剛  (本田技研)
ダイエー  大越基  (早大中退)
阪神    安達智次郎(村野工高)
オリックス 小林宏  (広島経大)
巨人    松井秀喜 (星稜高)
近鉄    小池秀郎 (松下電器)
ヤクルト  伊藤智仁 (三菱自動車京都)
西武    杉山賢人 (東芝)

 右手の握りこぶしを上げた後、親指を立てニッコリ、いやニンマリ。復帰したばかりの巨人・長嶋茂雄監督が、初仕事でしっかり大魚を釣り上げた。

 甲子園を沸かせた怪物打者、5打席連続敬遠もあった星稜高の松井秀喜だ。中日、ダイエー、阪神、巨人の順でクジを引き、最後の1枚が当たりクジだった。もともとは阪神ファンで阪神を志望していたが、指名してくれた4球団については、どこになっても前向きに考えるつもりだったという松井。その日のうちに長嶋監督は自ら電話を入れ、その後、「松井君、君は巨人の星だ。ともに汗を流し王国を作ろう。熱い期待を込めて待っている」と直筆の色紙を贈っている。

 実際、長嶋監督は94、96、2000年と優勝を飾り、01年限りで勇退したが、その間、厳しく熱い指導を続けた。長嶋監督2期目は、そのまま松井が真の四番打者へ成長する軌跡でもあった。

 この年はバルセロナ五輪が終わったことで凍結されていた社会人投手の大物がそろい、1位入団のうち8人を占めた。一番の大物が伊藤智仁。広島、オリックス、ヤクルトで競合し、野村克也監督率いるヤクルトが交渉権を獲得した。史上最高とも言われるスライダーで翌93年優勝の原動力となった右腕だが、故障のため短命に終わった。ほか90年のドラフト会議で8球団競合となり、ロッテを拒否した小池秀郎が近鉄に。西武には、最強リリーフ陣サンフレッチェの一角を担った杉山賢人の名前もある。

 異色はダイエーが松井の外れ1位で指名した大越基だろう。仙台育英高から早大に進むも中退。その後、アメリカの1Aで投げていたところを指名された。これも、西武の管理部長からダイエーに転じた根本陸夫新監督流か。豊富な資金力を背景に、以後しばらく、ダイエーがドラフトの主役となる。

 地味ながら好選手が多いのが特徴で、2位ではロッテのリリーフ・成本年秀(大阪ガス)、横浜はスラッガー・佐伯貴弘(大商大)のほか広島・菊地原毅(相武台高)、オリックス・金田政彦(日産自動車九州)。さらに西武には未完には終わったが、160キロ右腕・前田勝宏(プリンスホテル)の名前もある。

 3位はなかなか豊作だ。中日がノーヒッター左腕・野口茂樹(丹原高)、ヤクルトが昨季までの監督でもある真中満(日大)、西武には抑えの豊田清(同朋大)らがいる。

<次回に続く>

写真=BBM

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週刊ベースボール編集部

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