週刊ベースボールONLINE

プロ野球回顧録

日本シリーズの引き分けにはドラマがいっぱい!

 

東映の分岐点となった試合


62年日本シリーズ第3戦のスコアボード


 10月27日、広島ソフトバンクの日本シリーズ第1戦は、延長12回2対2の引き分けとなった(マツダ広島)。

 1950年からスタートした日本シリーズだが、今回も含めて引き分けはわずか8度。うち4度が広島絡みとなる。
 強打線が軸の時代も投手陣が看板の時代も、粘りのカープは、変わらぬ伝統だ。

 簡単に振り返っていく。
 最初の引き分けは、1953年、3年連続の対戦となった巨人─南海(現ソフトバンク)の日本シリーズだ。10月12日、後楽園での第3戦(前日大阪で第2戦、移動日なしでの第3戦だった)は投手戦となり、巨人は別所毅彦の好投もあって2対1とリードしていたが、8回表、南海が島原輝夫のタイムリー二塁打で追いつき、2対2のまま9回へ進む。
 9回表の攻撃では、南海が別所をとらえ、一死一、二塁とするも、ここで降り続いていた雨が強くなり、続行不可能として雨天コールドで引き分けとなった(4勝2敗1分で巨人が日本一)。

 実は8回中、2対2は5回。その最初の例ともなっている。

 2度目は1957年、前年56年に続き、西鉄(現西武)─巨人のカードだった(後楽園)。西鉄が3連勝の後、10月31日の第4戦は投手戦となり、延長10回、0対0のまま日没コールド。西鉄は翌第5戦に6対5と勝利し、2年連続日本一となっている。

 3度目は1962年、東映(現日本ハム)─阪神の日本シリーズだ。まず本拠地甲子園で阪神が連勝。第1戦が延長10回サヨナラ勝ち、第2戦では村山実が8回一死まで走者を一人も許さず完封勝利(5対0)と内容もよく、勢いは完全に阪神にあった。
 10月16日の第3戦、当時の東映の本拠地神宮で、東映・水原茂監督は思い切った手に出る。
 四番の張本勲以外の打順を入れ替え、不振だったベテラン・山本八郎、捕手の安藤順三をスタメンから外し、エース・土橋正幸を抑え待機させた。

 13時スタートの試合は、両軍11投手をつぎ込む総力戦となる。
 0対2とリードされた東映だが、6、7回と天敵になりかけていた村山から1点ずつを取って追いつき、そのまま2対2で14回に日没コールド。土橋は最後、5回をピシャッリと抑えた。 
 引き分けながら水原監督は「これで勝てる」と思ったという。指揮官の予感どおり、東映は4勝2敗1分で日本一になっている。

圧巻の投手戦


 史上唯一、2度の引き分けがあったのが、1975年、広島初優勝イヤーだ。相手はパで黄金時代を築きつつあった阪急(現オリックス)だが、日本一はまだなかった。

 まず、10月25日、第1戦、阪急・足立光宏、広島・外木場義郎が先発。外木場は初回3失点も徐々に立ち直る。一方、広島は8回表に追いつき、なおも一死一、三塁と足立を攻めた。
 阪急・上田利治監督がマウンドに送ったのが、新人の超快速右腕・山口高志だ。ここで2者連続三振。これは上田の計算でもあった。西宮球場が夕方になると大きな影がグラウンドに差し、打席付近は日陰、マウンドは日向。ボールも見えづらくなる。それでなくとも150キロ台後半と言われた山口の快速球が、広島の打者には160キロ超に見えた。

 広島も負けてはいない。こちらはサブマリン・金城基泰をつぎ込み、4時間29分の決戦は3対3の時間切れ引き分けとなった。

 次の引き分けは10月30日の第4戦だった(広島市民)。
 再び外木場、足立が先発。広島は3対1とリードするが、7回に守備の乱れもあって同点に追いつかれた。
 7回には、阪急・上田監督が2日前の第3戦(雨で1日中止)で157球完投勝利の山口を投入。またも快速球で飛ばす。対して外木場も熱投で8回以降は互いにゼロを並べた。

 動いたのは延長13回表。山口自らのタイムリーで阪急が1点を勝ち越したが、その裏、山口は山本浩二衣笠祥雄を連続三振で二死一塁としながら安打、四球で二死満塁のピンチを招く。

 次打者の代打・佐野嘉幸のタイムリーで三走がかえり同点、さらに二走の木下富雄もホームを突くも、センターの福本豊の完ぺきな返球でタッチアウト。4時間49分、時間切れで4対4の引き分け。
 外木場は200球完投、山口は110球だった。

山本浩二、意地の一発


 86年10月18日、広島─西武の初戦だった(広島市民)。
 西武は2対0とリードしていたが、9回裏一死から小早川毅彦、さらに、この年限りでの引退と言われていた山本浩二が東尾修から連続弾で同点。試合は、そのまま延長14回2対2の引き分けとなった。
 すでに引退を決めていた山本の当たりは、ライトスタンドぎりぎりだったが、山本はのちに「自分の集大成だった」といった。
「外のスライダー一本に絞った。東尾にはシュートがあるが、それを怖いと思ったら踏み込めない。集中力、決断、勇気。すべてがそろった一発だった」
 この引き分けもあり、同シリーズは史上初の8戦に。MVPは当時西武、現ソフトバンク監督の工藤公康だった。

 一番最近の引き分けは、2010年、ロッテ中日の日本シリーズ第6戦だ(ナゴヤドーム)。5時間43分、延長15回2対2の引き分け。勝敗はロッテの3勝2敗1分となり、翌日の第7戦にロッテが勝利し、3位から日本一の下克上を果たしている。
週刊ベースボール編集部

週刊ベースボール編集部

週刊ベースボール編集部が今注目の選手、出来事をお届け

関連情報

みんなのコメント

  • 新着順
  • いいね順

新着 野球コラム

アクセス数ランキング

注目数ランキング