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プロ野球1980年代の名選手

木俣達彦 中日で1998試合にマスクをかぶった男/プロ野球1980年代の名選手

 

1980年代。巨人戦テレビ中継が歴代最高を叩き出し、ライバルの阪神はフィーバーに沸き、一方のパ・リーグも西武を中心に新たな時代へと突入しつつあった。時代も昭和から平成へ。激動の時代でもあったが、底抜けに明るい時代でもあった。そんな華やかな10年間に活躍した名選手たちを振り返っていく。

60年代からの司令塔



 1982年に中日は8年ぶりにリーグ優勝。ただ、シーズンでは終始、優位に進んでいたのは81年の覇者で、この82年は2位に終わった巨人だった。中日にとってシーズン最終戦で優勝決定。このシーズンの中日は引き分けが多く、最終的には64勝47敗19分で、勝ち星では巨人が66勝、3位の阪神ですら65勝と中日を上回っており、0.5ゲーム差、勝率では8厘差での優勝だった。

 その10月18日の大洋戦(横浜)。緊迫の展開となる……はずだった。開幕戦に続く2度目の先発登板となった小松辰雄の好投もあり、試合は一方的な展開となり、中日の田尾安志、大洋の長崎啓二による首位打者争いも、長崎が欠場、田尾が5打席連続で敬遠されて、緊迫というよりは殺伐とした雰囲気になっただけに終わった。

 この試合についての詳述は後日に譲る。その“舞台裏”、というより、その試合中、すでに祝勝会が準備されていたのだが、その会場でチームメートに先駆けて祝杯を上げていた(?)男の話だ。木俣達彦。60年代から長きにわたって本塁を死守し、この82年限りで引退することになっていた司令塔だ。

 地元の愛知県から64年に入団。その鉄砲肩で翌65年には早くも司令塔の座に就いた。打撃では王貞治(巨人)の“一本足打法”を参考に、長打力を磨いていく。同じ一本足だったが、頭上に掲げたバットを振り下ろす姿が、その風貌もあって、まるで童話の金太郎が担いだマサカリを振り下ろすように見えたことから“マサカリ打法”と呼ばれた。69年には自己最多の33本塁打。セ・リーグの捕手で初めて30本塁打を超えた。30歳を迎え、体力の衰えをカバーするべく、自らに1日200スイングを課す中で誕生したのが“変則マサカリ打法”だ。

「疲れて息をついたときグリップが下がった。それがしっくりきて、いったんグリップを下げてからヒッチする打法にしてみた。息を吸ってから2度、息を吐いて振るのが極意なんです。王さんの一本足と、宮本武蔵の本に書いてあった呼吸法との合作ですね」

 74年には王と首位打者争い。最終的には打率.322で2位だったが、中日は巨人のV10を阻むリーグ優勝を果たしている。

 攻守に創意工夫があふれていた。2年目のオフに米パイレーツの教育リーグで見たアイシングを“輸入”。これも現在では常識となっているが、捕手のスローガードを考案した男でもある。ファウルがノドに当たった後、「針金を使って当てモノを自分で作ったが、もう一度(ノドに)当たったときに針金が刺さって(笑)。それでミズノに頼んだ」。

 体のケアや栄養の知識も豊富で、“医学博士”の異名も取っている。

静かに去ったレジェンド


 舞台を82年の優勝決定試合……の祝勝会(が行われる予定の)会場に戻す。チームメートに先駆けて、出番のない投手の鈴木孝政らとテレビで試合を見ながら、すでにビールを飲み始めていた。前年は16度目の100試合出場も、この82年は5月23日の大洋戦(県営宮城)でクローザーの鈴木が5球で降板。

「次の日に新聞を見たら近藤(近藤貞雄)監督の談話で、孝政は抑え失格だから先発に回す、もう木俣は使わない、指導者として若手を育ててもらうとあったんだ(笑)」

 鈴木は先発として復活したが、中尾孝義の台頭で、そのまま出番を失っていった。この82年はエースの星野仙一も引退するシーズンであり、ともに中日の功労者。近年であれば「星野さんのために」「木俣さんのために優勝を」というドラマが描かれ、豪華なセレモニーで見送られる存在だ。この優勝決定試合でも、近藤監督から「最後だから出ろ」と言われたという。だが、「もう酔っぱらっているからいいです」。そう言って断ったと笑う。

 近年はシーズン終盤、レジェンドの華々しい引退試合が定番となり、ファンの涙を誘っているが、80年代は、こんな静かで、あっさりとしたラストシーンで去っていくレジェンドもいた時代だった。通算2142試合出場。うち1998試合でマスクをかぶっているが、のちに中日で谷繁元信が更新するまで、セ・リーグの捕手では最多だった。

写真=BBM
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