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パンチ佐藤の漢の背中!

V9巨人、広島連覇を経験 現在は喫茶店を営む萩原康弘/パンチ佐藤の漢の背中「02」

 

『ベースボールマガジン』で連載している「現役を引退してから別のお仕事で頑張っている元プロ野球選手」のもとをパンチさんが訪ね、お話をうかがう連載です。今回は巨人広島ヤクルトで活躍し、現在は東京・目白でちょっと変わった喫茶店を営む萩原康弘さんをお訪ねしました。

10坪の“自分の城”に浮かれていたら……


パンチ佐藤(左)、萩原康弘氏


「夫婦2人で小ぢんまり、ケーキを作ってお茶を出して、という店をやろうか」

 折しも、“裏路地で夫婦が営むちょっと小洒落た店”がトレンドだった。同い年の妻・敬子さんがシュークリームなどケーキを焼き、萩原さんがコーヒーを入れる。ほど近い学習院大学の学生らでにぎわった。

 05年、敬子さんが逝去。以来、「菓子類持ち込み自由」の珍しい喫茶店になった。

パンチ 非常に恐縮な質問ですが、お店を始めるにあたって、萩原家の経済状況はどうだったのですか?

萩原 ゼロに近い状況かな。前の場所でこの店をオープンして、10坪の店でね、俺は「自分の店だ」ってはしゃいでいるわけ。でも当時、俺は義母に極楽トンボの「トンボちゃん」って呼ばれていてね(笑)。ウチのヤツは義母に、「やっちゃんは、私がちょっと(お金を)出したのを知っているのかしら」と言われたらしい。

パンチ 知らなかったんですか?

萩原 知らない。もう普通にやってると思ってた(笑)。

パンチ 順調でいいねって(笑)。

萩原 初めは奥さんの手作りケーキが売り物だったんだけど、13年前に亡くなってね。俺もいつ孤独死してもおかしくないな、お金どうしようって、そのとき初めて分かったの。で、麻雀やって家賃を稼ごうかなと思って、夜中麻雀をやってから店に帰ってきて2、3時間寝て、8時になったら準備して……って。そういう生活を10年くらいしていた。

パンチ それはいけませんね。

萩原 今はね、ちゃんと受け入れているから、大丈夫。

パンチ しかし、壁に飾ってある巨人日本一のペナントはすごいですね。一人ひとりもらえるんですね。

萩原 実はこれ、5年前まで飾っていなかった。最初の25年は、店内に野球の色をまったく出していなかったのよ。(2013年に)川上さんが亡くなったとき、翌日の新聞にV9の胴上げの写真が載っていてね。見たら、俺が写っていたんですよ。ちょうど原(辰徳)監督の巨人と楽天が日本シリーズをしていてね。ユニフォームに喪章をつけ、川上さん以来の巨人の日本シリーズ連覇がどうこうという話を聞いて、「そうだ、俺も川上さんにはお世話になったから」って、家から日本シリーズのペナントを持ってきて、新聞社から胴上げの写真を買って額に入れてね、川上さんの追悼の意味を込めて、ここに飾ったんですよ。

パンチ 僕は引退したとき、オリックスのユニフォームもバットもグラブも仕舞い込んで、「もう野球は一つ、終わり」と区切りを付けたんです。イチローはすごかった、パンチはダメだったって言われないように。イチローはすごかった、パンチはテレビ向けだったねって言われるようにと思って切り替えたんですね。しかし、特に巨人でやっていると、「俺は昔、巨人の……」という人がほとんどじゃないですか。なぜ萩原さんは25年も、それを言わずにきたんですか?

萩原 いやあ、東京にはビッグな人がたくさんいるでしょう。知ったかぶりして話していたら、滑稽だよ。もう終わったことだし、今を生きているんだから、いいじゃないかって。これを飾り始めてからも、なんだか恥ずかしくて、初めは「ウチのいとこが飾れって言ったから」とか言ってたんだよ(笑)。

『野球談議の日』に野球好き仲間が集合


パンチ 萩原さん、これは僕の自慢話になってしまうんですけど、ある人が「パンチ君は夕日に向かってうおーっと大きい声を出して走れ」って言うんですよ。指を指して笑う人もいるかもしれないけど、それをやったら俺も俺もとついてくる人がいる。必ず感動する人がいるから、と言うんです。僕は芸能界24年目になるんですが、野球から縁を切りながらもこうして野球の仕事をいただくのは、「パンチ、お前は野球の指導者でも解説者でもないけど、違う形で野球を応援する使命なんだよ」って神様が言っているんだと思っているんですよ。萩原さんもきっと、川上さんからその機会をもらったんですよ。

萩原 まあね、俺も「もういいや」って思ったときもあったけど、気に入っている店だから、もうちょっと頑張りたいのね。だけどコーヒーだけじゃ、今はチェーン店もあるから無理なんですよ。すると自分のところの売りが何かないとダメなのね。そこで去年の終わりから野球好きの常連さんが、毎週水曜の夜に『野球好き集まれ』というイベントをやってくれるようになった。すると「水曜は来られないから、今日来ました」とか言って昼間来てくれるので、おかげさまで売り上げが少し上がるんです。その『野球好き』の集いも、もう60回を超えたんですよ。

パンチ 萩原さんは、V9巨人の強さとか、あの21球とか、生の“野球史”を伝える使命を、あの写真をきっかけに任されたんだと思いますよ。巨人とカープの宣伝マンを。

萩原 まあ、そこまではいけなくても、自分なりに違った色でね。パンチさんと一緒で、俺もどこかでは(野球に)徹してきたわけですよ。たぶん努力もしたと思う。それはなかなか簡単にうまくはいかなかった。謙虚と言われればうれしいけど、だから自分からは表に出さなかったわけですよ。でもここは自分の城だから、ここでならどんなことを言っても、はしゃいでもいいかなって。外でそれをやったら、バカだけどね(笑)。なんにしろ、今年71歳になるから。さわやかなフィナーレを迎えたいよね。このビルが建って30年ここにいるから、手放そうにも愛着もあるしねえ。

パンチ 最後に球界の後輩たちにメッセージをいただけますか?

萩原 例えばパンチさんと僕と2人、代打要員でベンチに控えているとするじゃない。そのとき監督がパッとパンチさんのほうを指名して、うれしいんだか悲しいんだか、「ああ、よかった、俺あのピッチャー打てないから」とか思うこと、あるでしょう。

パンチ 次打てなかったら二軍だし、とか。

萩原 そうそう。でもそこで代打に出たパンチ君がヒットを打って、ヒーローになっちゃった。すると、俺との差は2つに広がっちゃうんですよ。「俺が行きたい」って言えば、仮に自分が失敗しても自分はマイナス1だけど、パンチ君も0で止まっている。差は1だけでしょ。だけど、パンチ君がヒットを打って2つ差が付くと、もう萩原はいらないってなってしまうかもしれない。プロはライバルに職場を与えちゃダメなんだ。控えの選手でも、絶対にダメ。努力は報われるべきして報われるんだ。それが、引退してから分かった(笑)。俺、本当に積極性がなかったから。

パンチ そんなふうには見えなかったですけどね。

萩原 いや、さっきも言ったけど、俺本当にフォアボールが多いんですよ。ヒット打って一塁に一生懸命走ってセーフになるより、フォアボールだと歩いていけるでしょう(笑)。結果、14年間でヒット217本、20本塁打で四死球が124だから。マスターズリーグのとき、ホームランバッターに「どういう練習してたの?」と聞いたら、「ホームランを狙って打つ」って。俺なんか四死球でいいからって追い込まれて振ったら、たまたま(フェンスを越えて)行っちゃっただけで、あとから汗が噴き出てくるってタイプだったからね。自分で、「ここで打ってやろう」という気がないわけ。でも2ストライクだと打たないかんでしょう。積極性がないと。そのときは、最初から「エンドランだ」って自分の中で思って、打席に立っていましたよ。

パンチ そんな元プロならではのエピソードをぜひ、ここでたくさん聞かせてください!

パンチの取材後記


 戦争にしても災害にしても、それを体験した方が語り部になって伝えてくださることが、後進の財産になります。萩原さんはプロ野球界の語り部として、V9巨人や『江夏の21球』などなど、野球ファンに伝える役割を担う人なのだと感じました。本当の野球ファンならテレビの解説者の話より、ここに来て萩原さんから生の体験を聞くほうがたまらないと思いますよ。

 後輩の僕がアドバイスするのは失礼ですが、萩原さんにはそういったファンの期待に応えるためにも、ぜひやってほしいことがあります。朝早く起きて、1時間ほどお一人で散歩してみてください。その間、「あのとき、ああだったなあ」と昔の貴重なエピソードをたくさん思い出して、ご自宅に帰ったら、メモしておいてください。そうすると、どんどん脳が活性化しますし、“語り部”ネタも今以上に豊かになると思います。

<「完」>
●萩原康弘(はぎわら・やすひろ)
1947年11月17日生まれ。神奈川県出身。荏原高(現日体荏原高)から中大を経て、ドラフト3位で70年巨人入団。左投げ左打ちの外野手として活躍し、V9メンバーの一員に。76年広島に移籍後も連覇に貢献した。83年ヤクルトに移籍し、その年限りで現役引退。現在は都内で「CAFE HAGI」(東京都豊島区目白3-14-20 3F)を経営している。

●パンチ佐藤(ぱんち・さとう)
本名・佐藤和弘。1964年12月3日生まれ。神奈川県出身。武相高、亜大、熊谷組を経てドラフト1位で90年オリックスに入団。94年に登録名をニックネームとして定着していた「パンチ」に変更し、その年限りで現役引退。現在はタレントとして幅広い分野で活躍中。

構成=前田恵 写真=山口高明
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