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プロ野球FA史

【FA史】新時代到来!FAでメジャー・リーグへ移籍/1997&98年

 

1993年オフからスタートしたFA制度。いまや同制度は定着し、権利を得た選手の動向は常に注目されている。週べONLINEでは、そのFAの歴史を年度別に振り返っていく。

エポックとなった97年オフ


初めてFAでメジャーへ移籍した吉井理人。98年はメッツでプレー


 新しい時代へと突入しつつあることを感じさせるストーブリーグだった。ナゴヤドーム元年となった1997年だったが、中日にとっては広い新球場が1年目は凶と出て、まさかの最下位に転落。オフに捕手の矢野輝弘と、長打力はあっても走れない大豊泰昭の2人を阪神へ放出し、久慈照嘉と捕手の関川浩一の2人を獲得した。

 このトレードは大成功で、特に関川は外野手に専念して99年の優勝に貢献。その阪神で2019年から監督を務める矢野も、99年に就任した野村克也監督の下、著しい成長を見せて、司令塔として03年、05年と2度のリーグ優勝に導いている。

 また、80年代に“トレンディー・エース”と呼ばれ、やや失速していた阿波野秀幸西崎幸広が、ともにトレードで移籍。阿波野は2球団目の巨人から横浜へ、西崎は日本ハムから西武へ。ともに新天地でリリーバーとして再生し、阿波野は貴重な左のセットアッパーとして移籍1年目から横浜38年ぶりの優勝、日本一に貢献。西崎は、阿波野のいる横浜との日本シリーズからクローザーとなり、翌99年には20セーブをマークしている。

【1997年オフのFA移籍】
12月6日 山崎慎太郎(近鉄→ダイエー)

12月26日 中嶋聡オリックス→西武)

 97年オフは、FAによる国内移籍は2件。山崎は精彩を欠いたが、中嶋は控えながら99年に松坂大輔の“専属捕手”としてプロ1年目の“平成の怪物”をリードするなど、ベテランの味を発揮する。その後も横浜を経て日本ハムで引退する15年まで、29年もの長きにわたる現役生活をまっとうした。

 FAで新時代の到来を告げたのがヤクルトの吉井理人だ。契約延長の交渉がまとまらずFA宣言、阪神に横浜、西武、中日、巨人と次々に好条件でオファーが届いたが、迷った末にバレンタイン監督の率いるメッツへ。FAによる初の海外移籍となった。

98年オフは武田が唯一のFA国内移籍


明大の先輩・星野仙一監督(右)が率いる中日にFA移籍した武田一浩


 横浜が38年ぶりの優勝、日本一を決めた1998年オフは、穏やかなストーブリーグとなる。超大物の電撃移籍も複数人の大型トレードもなく、日本一の横浜にいたっては移籍もなかった。交換トレードは3組、国内のFA移籍は1件のみだった。

【1998年オフのFA移籍】
12月2日 武田一浩(ダイエー→中日)

 日本ハムで先発、抑えに活躍し、電撃トレードでダイエーへ移籍した武田は、新天地1年目の96年に自己最多の15勝を挙げると、98年は13勝を挙げて、ロッテ黒木知宏、西武の西口文也と最多勝のタイトルを分け合い、オフにFA宣言。明大の先輩でもある星野仙一監督の率いる中日へ移籍した。意気に感じるタイプでもあり、星野監督の情熱に応えて先発の一角を担い、疲労が重なったことで右ヒザの軟骨を損傷しながらもリーグ優勝に貢献。日本シリーズでは古巣で初優勝のダイエーと対戦している。

 また、97年オフに巨人からオリックスへトレード移籍していた木田優夫がFAでメジャーのタイガースへ移籍。2年連続でFAによる海外移籍が成立した。その後は00年シーズン途中にオリックスで日本球界に復帰したものの、02年オフに再び海を渡ってドジャース、マリナーズでプレー。投球スタイルを変えながら、太く長く投げ続けた。

写真=BBM
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