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プロ野球1980年代の名選手

王貞治 自らの“美学”を貫いて静かにバットを置いた“世界の王”/プロ野球1980年代の名選手

 

1980年代。巨人戦テレビ中継が歴代最高を叩き出し、ライバルの阪神はフィーバーに沸き、一方のパ・リーグも西武を中心に新たな時代へと突入しつつあった。時代も昭和から平成へ。激動の時代でもあったが、底抜けに明るい時代でもあった。そんな華やかな10年間に活躍した名選手たちを振り返っていく。

静かなるフィナーレ


現役ラストイヤーの巨人・王貞治


 1980年が、まるで80年代の序章であるかのように象徴的であり、70年代と80年代を渡す架け橋のような1年だったことは、この連載の最初で触れた。その橋は大地を走る道と同じ機能を果たす強固なものでもあり、一歩ごとに大きく揺れる吊り橋のようでもあった。

 80年オフ、プロ野球界の勢力図が変わらないまま、70年代のスターたちが球界を去っていった。巨人の長嶋茂雄監督が事実上の解任。親会社の読売新聞に対して不買運動が起こるほど、これもドラマチックだった。そんな騒動の渦中で、最大のエポックが静かに訪れる。巨人の王貞治が現役を引退。通算868本塁打を残した“世界のホームラン王”のラストシーンは、もしかすると、プロ野球の歴史において、もっともおごそかなフィナーレだったかもしれない。

 本塁打王15度、打点王13度、首位打者5度、そして三冠王が2度。現役22年目、40歳で迎えた80年も、加齢による力の衰えは隠せないにせよ、21年連続シーズン100安打に加え、30本塁打、84打点と、チームの四番打者としては間違いなく及第点だった。

 ただ、単なる四番打者ではなく、常勝を求められる巨人の四番打者として、その力は自分には残っていない、そう感じた。引退は8月には考えていたという。シーズン終盤、その意思を長嶋監督に告げ、何度も強く慰留されてきた。だが、決意は変わらなかった。それを表明する前に、長嶋が突然の“辞任”。新たに就任した藤田元司監督からも、選手と助監督の兼任を依頼され、心が揺れた時期もあった。自分まで選手を引退したら、どうなるのか。そんな責任感もあっただろう。そして、最後は自らの“美学”を貫いた。

「口はばったい言い方になるかもしれませんが、王貞治のバッティングができなくなった。それが1試合、1試合と多くなった。オフになって助監督との“二足のわらじ”も考えましたが、これ以上プレーを続けるのは、球団にもファンにも、また自分にもよくない。最終打席では99パーセント、引退を決めていました。感傷的になりましたが、ヒットを打てなかったのが残念です。ONがいなくなり、ファンが不安に思うのは仕方ないでしょう。しかし、若い人たちが伸びています。あすの巨人を担う選手が出てくるまで、1年かかるか、2年かかるか分かりませんが、あたたかく見守ってほしいです。ユニフォームを着ている選手には可能性がある。僕も若い選手の相談役として勉強していきます」

 終始、笑顔の引退会見だったが、大きな目には大粒の涙が浮かんでいた。

指導者としての第一歩


 巨人の非常事態には違いなかった。引退を発表した背番号1は、その翌日、多摩川の練習場にいた。静かに、それでいて大きな衝撃が球界に走った、わずか1日後のことだ。余韻に浸る間もなく、背番号1は指導者としての道を歩み始める。現役生活よりも長くなる道のりの静かな第一歩であり、大きな第一歩でもあった。

 選手としての引退セレモニーは、指導者としての初仕事を済ませた後だった。東西対抗を経て、ファン感謝デーが“引退試合”となる。長嶋の伝説に残るラストシーンとは趣が異なる、静かで厳粛なフィナーレ。22年もの長きにわたって守ってきた巨人の一塁ベースに、そっとファーストミットを置いた。

 藤田監督、王助監督、牧野茂ヘッドコーチの“トロイカ体制”を敷いた巨人は、いきなり翌81年に4年ぶりのリーグ優勝。ともに後楽園球場を本拠地とする日本ハムとの対決となった日本シリーズも制して、V9ラストイヤーの73年を最後に遠ざかっていた日本一の座も奪還する。監督に就任したのは84年。87年にリーグ優勝も日本シリーズで敗れ、88年に優勝を逃すと、長嶋と同じ運命をたどる。

 その後、南海時代からの長い低迷に苦しむダイエーの再建を託され、その過程では野球人として経験したこともない屈辱を味わいながらも、着実に頂点へと導いていった。第1回WBCでも監督として世界一に立った。現場は離れたが、かつて巨人の四番打者として背負っていた“常勝”の宿命が、ソフトバンクとなったホークスに、静かに継承されているようにも見える。

写真=BBM

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週刊ベースボール編集部

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