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プロ野球FA史

【FA史】小久保がホークスへ出戻るなどすべて巨人がらみ/2006年

 

1993年オフからスタートしたFA制度。いまや同制度は定着し、権利を得た選手の動向は常に注目されている。週べONLINEでは、そのFAの歴史を年度別に振り返っていく。

前代未聞の“無償トレード”から


FAで巨人からソフトバンクに復帰した小久保裕紀(右。左は王貞治監督)


 2006年オフは多くの選手がメジャーを目指した。“平成の怪物”こと西武松坂大輔はレッドソックスへ、阪神井川慶はヤンキースへ、ヤクルト岩村明憲はデビルレイズへ、いずれもポスティングでメジャー移籍。巨人を退団した桑田真澄はパイレーツとマイナー契約、オープン戦で足首のじん帯を断裂する重傷も、復活して6月には39歳でメジャーのマウンドを踏んだ。

 唯一、FAでの挑戦となったのが日本ハム岡島秀樹。最初に声がかかったレッドソックスへ移籍してセットアッパーとして活躍、4月の月間最優秀新人にも選ばれて、オールスターにも出場、ワールド・シリーズ制覇にも貢献した。

 これまでも多くの選手をFAで獲得してきた巨人だったが、このオフは、国内FAがすべて巨人がらみだった。大物選手の流出が相次いだ一方で、FAでは投打の2選手を獲得している。

【2006年オフのFA移籍】
11月20日 小久保裕紀(巨人→ソフトバンク)

12月11日 門倉健(横浜→巨人)

12月12日 小笠原道大(日本ハム→巨人)

 ダイエーで主砲を担いながら、前代未聞の“無償トレード”で巨人へ放出、05年には右打者としては巨人で初めて40本塁打を超え、06年には“外様”では異例の主将も務めた小久保がソフトバンクとなった“古巣”へFAで復帰。再び四番打者としてホークスを支えることになった。

 本塁打こそ減らしたものの、その存在感は圧倒的で、10年のリーグ優勝では秋山幸二監督に続いて胴上げされ、11年には日本シリーズMVPにも選ばれて、通算2000安打にも到達した12年限りで現役を引退している。

 入れ替わるように打線の中軸となったのが日本ハムで06年に優勝、日本一の原動力となってMVPに輝き、オフにFAとなった小笠原だった。新天地でも代名詞のフルスイングは健在で、翌07年は2年連続で打率3割、30本塁打をクリア、新天地でもリーグ優勝に貢献して、リーグをまたがる2年連続MVP。11年には通算2000安打にも到達した。

工藤が人的補償で横浜へ


門倉健の人的補償で工藤公康が横浜へ。07年から09年までプレーした


 一方、巨人へ移籍して野球人生が一気に暗転したのが門倉だった。1チーム目の中日で1997年から2年連続2ケタ勝利、2チーム目の近鉄では最後のリーグ優勝に貢献し、3チーム目の横浜では低迷を続けるチームにあって05年から2度目の2年連続2ケタ勝利、その05年には177奪三振で初タイトルの最多奪三振をチームメートの三浦大輔と分け合った。

 FAでは巨人からの高評価に感激して移籍したものの、翌07年は前年の10勝から大きく勝ち星を減らして、わずか1勝に終わる急失速、続く08年は勝ち星なし。そのオフに自由契約を申し出て、カブスとマイナー契約を結んだ。だが、開幕直前に解雇され、韓国球界へ転じたものの、11年シーズン途中に解雇されている。

 この門倉の人的補償で巨人が横浜へ放出したのが工藤公康。2000年にFAで加入して日本一に貢献したベテラン左腕だったが、翌07年には巨人戦で勝利投手となり、近鉄と楽天を含む全13球団から勝ち星を挙げた史上初の投手となった。横浜では当時の最年長記録を次々に更新。その後、西武で10年の1シーズンだけプレーして、11年12月に引退を表明した。

写真=BBM

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週刊ベースボール編集部

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