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石田雄太の閃球眼

曽根選手、ボール下さーい/石田雄太の閃球眼

 

子どものカープファンの期待に応えた広島曽根海成は、第2戦での出場はなかったものの、第1戦では代打で出場し、犠打を成功させている


 複数、聞いた声だ。

「今年の日本シリーズは、試合が……」とくれば、「おもしろい」に続くことを期待してしまうのだが、そうはならない。「今年の日本シリーズは、試合が長い」と何人もの野球好きに言われてしまった。実際の試合時間を見ると、たとえば今年の第2戦は2時間55分で終わっている。日本シリーズで3時間を切ったのは2014年の第2戦以来、4年ぶりのことだ。ただ、昨年までの10年間を見ても、62試合のうち、3時間を切ったのは7試合。4時間を超えた試合も9試合、3時間半以上の試合が30試合。もはや日本シリーズの試合は3時間半を超えるのは珍しくなくなっている(今年度も第1戦、第5戦で4時間超え)。

 試合の内容が濃くて、長さを感じないというのなら、結果的に3時間半を越えてもファイナルに相応しいと思える。しかし、それなりに中身の濃かった今年の日本シリーズで「おもしろかった」よりも「長かった」という読後感が先行するのは、やはりテレビの影響が大きいのではないかと思った。試合開始がシーズンよりも30分遅い、イニング間のCMが長い、試合終了まで完全放送することでそのあとの番組に影響が出る、試合終了までは放送するのにヒーローインタビューは打ち切る……そういった目に見えて分かりやすい不都合を視聴者が感じたからこその「日本シリーズは長い」という感想だったのではないだろうか。

一方で、球場へ足を運んで日本シリーズを観た人にとっては、午後10時というのが一つのカベになっていたような気がしてならない。子ども連れが試合の途中で席を立つのは、午後10時をメドにしているのかと思ったケースがいくつかあった。テレビ局の都合があることは承知しているが、それでも午後6時に試合を始め、土、日はデーゲームにするなどの工夫と、試合が3時間半を越えない努力は必要なのではないかとも思った。

 それでも、球場でうれしい光景も目にすることができた。あれは第2戦が行われたマツダスタジアムでのこと。一塁側の最前列の取材席で試合を観ていたのだが、そのすぐ後ろに座っていた二人の子どもが、イニングの間、必ずこう叫んでいたのである。

「曽根選手、ボール下さーい」

 5歳くらいだろうか、そろってカープのユニフォームを着た二人の男の子が、声をピッタリ合わせて何度も叫ぶ。ベンチ入りしていながら試合に出ていなかった曽根海成は、ライトを守る鈴木誠也のイニング間のキャッチボールの相手を務めるために、毎回、グラウンドへ出てきていた。キャッチボールが終わると、そのボールと、もう一つ、レフトの野間峻祥、センターの丸佳浩がキャッチボールに使っていたボールを受け取って、ベンチへ持ち帰る。子どもたちはそのたびに、「ボール下さーい」と曽根に呼び掛けていたのだ。

 マツダスタジアムの内野席は最前列が砂かぶり席になっていて、彼らはそこまでは行けない。だから、グラウンドから5メートルくらいの距離から、グラブを手に一生懸命、叫び続けていた。おそらく曽根にその声は届いていただろう。しかし、シーズン途中にホークスから移籍、まだ23歳で、レギュラーでもない曽根にしてみれば、その声に応えていいのかどうか、葛藤があったに違いない。それでもあきらめず、可愛い声を出し続ける愛くるしい二人に、周りの観客もいつしか、あの子たちにボールをあげてくれないかな、という気持ちになっていたように感じた。

 すると6回、突然、ベンチに戻る途中の曽根がスタンドの子どもたちに視線を向けて、ボールをポーンと投げた。5メートルの距離とはいえ、5歳の子どもがキャッチするのは容易ではなかったろう。しかし、一人の子どもがそのボールを見事にキャッチ。曽根の想いに応えてみせた。一斉に湧き上がる大歓声。やはり観客の誰もが、曽根にボールを投げてほしいと思っていたのである。小走りに階段を駆け上がって自分の席に戻り、お父さんにそのボールを見せる二人は大喜び。そのとき、お父さんがこうつぶやいたのが聞こえてきた。

「こうしてこの子たちもカープファンになっていくんだな」

 曽根は日本シリーズの試合に常時出場したわけではない。しかし、曽根はこの日、未来の熱狂的なカープファンを増やした。そうやって、球場でファンを喜ばせることも、選手にできることの一つだ。

 ちなみに、曽根はボールを2個持っていた。叫び続けた二人の子どもに、一個ずつ、ボールを投げるつもりだった。しかし、一個、ボールを受け取っただけで、二人はうれし過ぎてそのままお父さんのところに戻ってしまった。もう一個も投げようと思っていた曽根の、ありゃ、と戸惑うリアクションにも、周囲の観客はまたまた歓声をあげていた。

文=石田雄太 写真=BBM
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