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プロ野球FA史

【FA史】FAはやや沈静化。糸井がオリックスへ仰天のトレード/2012年

 

1993年オフからスタートしたFA制度。いまや同制度は定着し、権利を得た選手の動向は常に注目されている。週べONLINEでは、そのFAの歴史を年度別に振り返っていく。

国内FA選手は故障との闘いも


キャンプ直前、糸井(右)、八木が交換トレードで日本ハムからオリックス


 2012年オフのFA市場は、活発だった11年オフの反動かのように、やや沈静化。一方、トレードや自由契約による移籍など、FA以外の移籍に大きな動きがあった。

 11年オフに落合博満監督から高木守道監督となり、12年は王座を巨人に奪われた中日は5選手を自由契約としたが、そのほとんどが新天地で活躍する皮肉。久本祐一広島で先発もリリーフもこなし、平井正史は古巣のオリックスへ復帰して、かつてのようなクローザーでこそなかったものの、リリーバーとしてベテランの味を見せた。

 また、ブランコ、ソト、ソーサの助っ人3人は、そろってDeNAへ。移籍の成立した日付こそ違うが、外国人選手3人が同一球団へ移籍する初のケースとなった。先発の一角として期待されたソトは1勝のみに終わったものの、ソーサは19セーブをマークしてクローザーに定着。ブランコは打率.333、41本塁打、136打点で主砲として打撃爆発、打点王に輝いた。

 年が明けると、日本ハムの糸井嘉男八木智哉と、オリックスの木佐貫洋大引啓次赤田将吾との2対3の大型トレードが成立。八木は結果を残せなかったが、糸井は新天地でも主力となり、大引も名バイプレーヤーとしての存在感は変わらず、ともに期待どおりの活躍を見せた。

 さらに、オリックス2年目から失速していた木佐貫は日本ハム1年目に9勝を挙げて復活。赤田も貴重なバックアップとして機能した。ただ、個人は力を発揮したものの、チームは低迷。オリックスが5位、日本ハムが6位と下位に並んで、こちらも皮肉な結果となっている。

 FAは国内が3件、海外が2件。国内は3件のうち2件が古巣への復帰で、残る1件は古巣復帰の“交換”のような形だった。

【2012年オフのFA移籍】
12月5日 寺原隼人(オリックス→ソフトバンク

12月25日 平野恵一阪神→オリックス)

12月26日 日高剛(オリックス→阪神)

 7年ぶりの古巣復帰となった寺原は故障に苦しみながらも先発、リリーフで息の長い活躍を続け、6年ぶりの平野も故障と闘いながら内野の要としてチームを支えた。平野の加入したオリックスから平野の抜けた阪神へ移籍した日高も故障で捕手としての出番を減らしたが、代打の切り札として機能している。

海外FAは古巣で19年も現役続行


 FAでメジャーに挑戦したのは、阪神をセットアッパー、クローザーとして支え続けた藤川球児と、日本ハムでキャプテンを務めていた田中賢介だった。投手と野手、“火の玉ストレート”のクローザーと併殺の少ない巧打者と選手としては対照的な2人だったが、その後は独特な双曲線を描いていく。

 藤川はカブスへ移籍して1勝2セーブも、5月には故障者リスト入りして、6月にはトミー・ジョン手術。一方、ジャイアンツでマイナーからスタートした田中は7月にメジャーデビューを果たした。オフに田中はレンジャーズへ移籍も、新天地ではメジャー昇格はならず、15年からは古巣の日本ハムでプレー。

 その15年からは藤川がレンジャーズでプレーしたが、2試合の登板にとどまり、シーズン途中に地元の高知ファイティングドッグスで日本復帰、やはり古巣の阪神で翌16年からプレーしている。ともに19年も古巣で現役。百戦錬磨のベテランとして、来季も古巣を支え続けるはずだ。

写真=BBM

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週刊ベースボール編集部

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