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プロ野球FA史

【FA史】ストーブリーグの“主役”巨人&ソフトバンクが惨敗/2014年

 

1993年オフからスタートしたFA制度。いまや同制度は定着し、権利を得た選手の動向は常に注目されている。週べONLINEでは、そのFAの歴史を年度別に振り返っていく。

巨人はFAでセの主力2選手獲得


巨人へFA移籍した金城(左)、相川(中央は原監督)


 ストーブリーグの“主役”巨人とソフトバンクが、ともにリーグ優勝を果たした2014年。日本一に輝いたソフトバンクは、国内では大きな動きはなかったものの、オフに“平成の怪物”松坂大輔をメジャー2球団目のメッツから獲得して、“王者”の貫録を見せた。

 だが、この超豪華な補強は完全な失敗に終わる。松坂は故障に苦しみ、移籍2年目の16年に1試合1イニング、わずか39球しか投げられず、しかも防御率18.00と炎上。17年オフに育成契約を打診されたが、拒否して退団、中日へ移籍して復活を遂げた。それでも、ソフトバンクは翌15年も破竹の勢いで勝ち進んでリーグ連覇、2年連続の日本一。巨大戦力は微動だにしなかった。

 一方、セ・リーグで日本シリーズへ進出したのは2位の阪神。その阪神では白仁田寛和オリックス桑原謙太朗との投手同士のトレードが成立。当時は地味なトレードだったが、桑原は移籍3年目の17年にセットアッパーとして開花、新天地の主力へと成長した。クライマックスシリーズで敗れた“もう一方の主役”巨人は、FAで同じセ・リーグのチームからから主力の2選手を獲得した。

【2014年オフのFA移籍】
11月25日 大引啓次日本ハムヤクルト

11月27日 成瀬善久ロッテ→ヤクルト)

12月3日 小谷野栄一(日本ハム→オリックス)

12月9日 金城龍彦DeNA→巨人)

12月9日 相川亮二(ヤクルト→巨人)

 ともに出場機会は減少傾向にあったが、横浜時代の2000年にスイッチヒッター歴代トップの打率.3460で首位打者に輝いた金城と、その横浜からFAでヤクルトへ移籍して2チームで司令塔を務めた相川が巨人へ。ただ、金城は翌15年限りで、相川も相次ぐ故障で控えにとどまり17年限りで現役引退。さらに、自由契約でDeNAに放出したロペスは新天地でクリーンアップを担い、16年に初のクライマックスシリーズ進出、17年には19年ぶり日本シリーズ進出の立役者に。ストーブリーグは惨敗といえるだろう。

2選手を獲得したヤクルトが優勝も……


 一方、日本ハムでは大引と小谷野の2選手がFA宣言。ともに移籍1年目は成績を下げる結果に終わった。大引は打撃不振で控えに回ることも少なくなかったが、96試合に出場して翌15年のリーグ優勝を経験、続く16年には2年ぶりに出場100試合もクリアして、19年も現役続行。18年限りで現役を引退した小谷野も移籍2年目までは故障に苦しんだものの、3年目となった17年に4年ぶりとなる規定打席到達を果たした。

 大引を獲得したヤクルトは、ロッテから左腕の成瀬も獲得した。圧倒的な安定感で07年に16勝1敗で勝率.941、防御率1.82で最高勝率、最優秀防御率に輝き、以降5度の2ケタ勝利を数えた成瀬だったが、13年からは失速し、ヤクルト移籍で完全に低迷した。

 FAに限らず戦力の補強が勝利に結びつかず、またFAでの流出も敗因にならず。ほとんど補強が翌15年の優勝に関係しないという、なんとも皮肉なストーブリーグとなったが、さらに皮肉なのは古巣への復帰だ。ヤンキースから黒田博樹が、阪神を自由契約となった新井貴浩広島へ復帰すると、ふたたび黄金時代を広島に呼び込んでいる。

写真=BBM

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週刊ベースボール編集部

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