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球界デキゴトロジー/12月15日

“マジシャン”仰木彬、逝く――。(2005年12月15日)

 

2005年、宮古島キャンプでの仰木監督


 プロ野球の歴史の中から、日付にこだわってその日に何があったのか紹介していく。今回は2005年12月15日だ。

 野茂英雄イチローらを育て、“マジシャン”の異名を取った仰木彬がこの日、天に召された。

 三原脩西本幸雄のDNAを受け継ぎ、緻密な戦略と選手を掌握する力で名将への階段を駆け上がっていった仰木。近鉄監督時代にはあの「10.19」を経験し、翌89年にリーグ優勝。オリックス監督時代は95年、阪神淡路大震災からの復興をめざし、「がんばろうKOBE」を合言葉にチームが大躍進、被災地に希望を与えるリーグ優勝を遂げ、翌年には巨人を倒して日本一に輝いた。

 2001年限りでオリックスを辞し、評論家活動をしていたが04年、球界再編騒動が起こり、オリックスと近鉄が合併。両チームの監督経験がある仰木が「俺しかおらんやと」と立ち上がった。05年、球界史上最年長監督としてオリックス・バファローズを率いた。

 しかし、体調が良くなかった。新生チームの1年目は4位に終わり、病とも闘った仰木はシーズン終了後に退任。その約2カ月後、呼吸不全のため、その生涯に幕を閉じた。

写真=BBM

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