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石田雄太の閃球眼

平成元年、横浜スタジアムでの名場面/石田雄太の閃球眼

 

平成元年10月6日、リーグ優勝を決めて藤田元司監督に次いで胴上げされる巨人中畑清


 平成は30年と4カ月で幕を下ろすことになっている。今から30年前は携帯電話もなければ、ノートパソコンもメールもなかった。緊急の連絡にはポケベルが鳴ってから公衆電話を探して対処した。原稿はミシンのようなでっかくて重たいワープロで打って、プリントアウトしたものを一枚ずつ、ファックスで送っていた。今とはまったく違うと言っていい世界――それが30年前の“平成元年”だ。

 ふと、あの頃には何を考え、どんな仕事をしていたんだろうと思い返してみた。大学を卒業し、仕事を始めて1年目、年が明けてすぐに元号が変わった。64年目に突入した昭和は7日で終わり、1月8日から平成になったのだ。その平成元年、テレビ番組のディレクターとしてもっとも時間をかけた取材テーマは、ジャイアンツの背番号24、中畑清のラストシーズンだった。6年ぶりにジャイアンツの指揮官として復帰した藤田元司監督は平成元年のシーズン、中畑をサードに戻した。原辰徳をバッティングに専念させるため、レフトへコンバートしたところからの玉突き人事だった。愛着のあるサードへ戻って張り切る中畑を一年間、追い掛けたいと取材を始めたのが、平成元年のことだった。

 思えばその8年前、昭和56年にサードだった中畑をファーストへコンバートしたのも藤田監督だった。ドラフト1位で原がジャイアンツへ入団、甲子園のスターであり、“ミスタージャイアンツ”長嶋茂雄の後継者と目された原は、守り慣れたサードがよく似合った。しかし当時、ジャイアンツのサードを守っていたのは中畑だった。高田繁からレギュラーの座を奪い、その前年の昭和55年、初の規定打席に達して22本のホームランを放った中畑は、「ゼッコーチョー」のフレーズとともに人気を博していた。

 そんな中畑を、原が入団してきたからと簡単には外せない……そう考えた藤田監督は、まず原にセカンドを守らせた。ところが開幕から一カ月、中畑はケガで戦線を離脱。サードに原が入った。そのときの収まるところに収まった感は半端なかった。藤田監督は後に、性格を考えれば原はファーストで起用すべきだったと話していたことがあったが、ミスタージャイアンツの後継者がサードを守るというのは、ジャイアンツファンからすれば願ったり叶ったり。中畑のケガが癒えたとき、サードは原のものになっていた。そして中畑はファーストへコンバートされる。

 ONが支えた昭和のジャイアンツ、長嶋と王貞治が現役を引退してからは原と中畑、江川卓西本聖が主役を務めた。天才肌の長嶋のイメージを原と江川が、努力の王のイメージを中畑と西本が受け継ぎ、当時のジャイアンツ好きを二分していた。昭和62年、江川が現役を引退し、昭和63年、西本がトレードでドラゴンズへ移籍した。そして平成元年、一番サードで開幕を迎えた中畑が、その年限りで現役を引退するなんて、その時点では想像もしなかった。

 しかし中畑は開幕して5試合目のタイガース戦で、またもケガに泣く。けん制球で一塁へ戻ろうとしたとき、指を痛めてしまったのだ。長きに渡って戦線を離脱している間、サードは岡崎郁に、ファーストは駒田徳広に奪われてしまい、またも中畑には戻る場所がなくなってしまった。いつしか、中畑はもう終わりだという空気が生まれる。あの一年間、いろんな場面で中畑と空気を共有させてもらったのだが、もっとも印象に残っているのは、ジャイアンツがこの試合に勝てばリーグ優勝が決まる、という試合を戦うために横浜スタジアムへ向かう車中、運転しながら呟いた中畑のこんな一言だった。

「そりゃ、出たいよ。試合に出たい。バッターボックスに立ちたいし、ずっとバットを振っていたい」

 すでに引退を決めていた中畑は、その試合、代打で登場して、ライト線にヒット性の当たりを放つ。一塁へ駆け出したそのとき、なんと、中畑はバットを放り投げることなく、バットを握りしめたまま、走り出した。そのガムシャラでスマートじゃない姿に、先程の「ずっとバットを振っていたい」と呟いた中畑の言葉がシンクロして、こちらの涙腺は崩壊した。

 昭和の野球に出逢って、野球が好きになった。ファンとして15年、昭和の野球を見てきた。そして仕事として30年間、見続けてきたのは平成の野球だった。その原点に、中畑の横浜スタジアムでの一打がある。仕事だからと感情を顕わにするのはタブーだと自らに言い聞かせてきたものの、不覚にも涙してしまった何度かの名場面――その1度目は、平成元年の横浜スタジアムだった。

 平成がまもなく終わる。平成の野球も見納めだ。元号が変わった来年の野球は、野球好きの記憶にどんなふうに刻まれるのだろう。

文=石田雄太 写真=BBM
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