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週刊ベースボール60周年記念企画

バーディー・古沢憲司、17歳でプロ初勝利/週べ1965年7月19日号

 

昨年、創刊60周年を迎えた『週刊ベースボール』。現在、平日に1冊ずつバックナンバーを紹介する連載を進行中。いつまで続くかは担当者の健康と気力、さらには読者の皆さんの反応次第。できれば末永くお付き合いいただきたい。

王貞治の圧縮バット


表紙は阪神村山実



 今回は『1965年7月19日号』。定価は50円だ。
 7月2日時点で打率.361、18本塁打、43打点と打撃三冠でトップを走る巨人王貞治のバットについての記事があった。
 ご存じのとおり、石井順一氏特製の圧縮バットと呼ばれるものだ(現在は使用禁止)。

 千葉県松戸の工場から生み出されたもので、プロで最初に使ったのは、近鉄時代の関根潤三だったらしい。王に提供を始めたのは60年ごろから。いまは1年に60本から70本の注文があるという。ほかの選手に比べ、グリップが細く、重め。王によれば、
「練習ならいざしらず、試合になって生きている球が飛んでくるとき、このバットを振れる人はいないんじゃないか」
 とのことだ。

 7月3日、阪神の山内一弘が史上4人目1000打点、さらに4日には史上初の300号本塁打を放った(いずれも後楽園の巨人戦)。
 山内は大スターながらいつも服装は地味。生活も質素だった。聞かれると、
「普通のサラリーマンなら服装によって人が信用するというのもあるかもしれない。しかし俺は打ちさえすれば、あれが山内だと銀行だって信用してくれるからね」
 と答えていた。

 同じく阪神では6月28日の巨人戦(甲子園)でバッキーがノーヒットノーランの偉業達成。
「9回になると体がぶるぶる震えたよ。ボールを胸のところでコネながらアーメンと祈り続けてね。達成したときはワールド・シリーズに勝ったくらいうれしかった」
 と興奮気味。なお、バッキーはメジャーでは登板経験なし。

 ついでにもうひとつ阪神ネタ。17歳のルーキー、古沢憲司の話題だ。
 愛媛県新居浜東高1年のとき、阪神スカウトが視察に来ていたことを知ると、自ら「学校はやめますから入れてください」と言ってきたという。
 阪神のスカウトは「卒業してからにしなさい」と言ったが聞かず。ほかの球団に取られるよりは、となって1964年1月26日に契約金200万円での阪神入りが決まった(同年3月31日で16歳に)。

 同年は終盤から一軍登板も果たし、この65年、6月30日には17歳3カ月で初勝利、しかも完封勝利(対大洋)だった。藤本定義監督は「まさか完封とはね。17歳と言えば10年しても、いまの村山より若い。先が長いだけに楽しみや」と笑顔で語っていた。
 あだなはゴルフ用語の「バーディー」。ナイス・バーディー的な褒め言葉かと思ったが、関係者は「それより高校中退をからかって、少し足りないの意味だったかな」と話していた。

 では、またあした。

<次回に続く>

写真=BBM


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