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背番号物語2019

【背番号物語2019】「#13」不吉なナンバーから不可欠な投手ナンバーに

 

背番号は、ある選手が引退しても、またある選手に受け継がれていく。2019年も新たな後継者が誕生した。その歴史を週刊ベースボールONLINEで振り返っていく。

創設期は欠番が多かった



 キリスト教では不吉な番号とされる「13」。野球がアメリカ由来のスポーツだからか、創設期は巨人を除く全チームで欠番とされ、戦後は巨人でも長く欠番だった。現在に至るまで外国人選手は数えるほどしかいないが、2リーグ分立の1950年に創設された毎日で「13」を着けた野村武史がリーグトップの勝率で優勝、日本一に貢献、また阪神で初めて「13」を着けた徳網茂が長く正捕手を務めて以来、次第に日本人選手の背へと普及していき、ほかの10番台の背番号と同様に投手ナンバーとなっていった。

 ただ、エース格の投手は「11」や「18」に集まり、「13」は脇役タイプの投手に回る傾向があった。80年代の近鉄でクローザーを務めた石本貴昭や、低迷期の阪神をクローザーとして支えた葛西稔、横浜38年ぶり日本一のセットアッパー“ヒゲ魔神”五十嵐英樹らリリーバーも多い。

【12球団・主な歴代「13」】
巨人 青柴憲一小池繁雄宮本和知岡田展和森福允彦

阪神 徳網茂、葛西稔、金村曉榎田大樹岡本洋介(2018年シーズン途中〜)

中日 小川健太郎堂上照小野和幸近藤真一(真市)、岩瀬仁紀

オリックス 蔵文男正垣泰祐(宏倫)、谷村智博、牧野塁山岡泰輔

ソフトバンク 朝井昇(松葉昇)、西岡三四郎渡辺秀一(ヒデカズ)、高橋秀聡二保旭

日本ハム 八名信夫柴田保光須永英輝石井裕也生田目翼☆(2019年〜)

ロッテ 野村武史、横山小次郎飯塚佳寛吉田篤史平沢大河

DeNA 鬼頭洋佐藤政夫池内豊永射保、五十嵐英樹

西武 内田蒼生也浜浦徹、小野和幸、西口文也高橋光成☆(2019年〜)

広島 笠松実上田利治白石静生菊地原毅、加藤拓也(矢崎拓也)☆

ヤクルト 荒川巌河村保彦加藤博人佐藤賢中尾輝

楽天 大島公一小倉恒井坂亮平濱矢廣大岩見雅紀
(☆は2019年)

輝ける後継者たち


西武・西口文也


 先発タイプでは日本ハムで技巧派に転身してノーヒットノーランを達成した柴田保光。その系譜をさかのぼると、脇役タイプの投手から映画の脇役に転じて悪役俳優として成功した八名信夫がいるが、選手としてはマウンドで腰を骨折してプロ3年目の58年に引退を余儀なくされた。

 また、“背面投げ”で球史に残る中日の小川健太郎がエース格だが、“黒い霧事件”に揺れた70年にオートレースの八百長疑惑で追放。その“黒い霧事件”の端緒となった永易将之も西鉄で「13」を着けていた。再び不吉なイメージとなりかねなかった「13」だが、その後継者たちの活躍で、現在は輝かしいナンバーとなっている。

 中日では堂上照が受け継いで着実に成長し、85年までの長きにわたる活躍で汚名返上。その後は、西武では芽が出なかったものの中日1年目に最多勝に輝いて優勝に貢献した小野和幸を経て、通算セーブのプロ野球記録を残した岩瀬仁紀の背に。2018年限りで引退したが、伝説に残るリリーバーの背番号として19年は欠番だ。

 西鉄では、西武となって西口文也がエースとしてイメージを一新。あと一歩のところでノーヒットノーランを3度(うち完全試合1度)も逃し、通算200勝にも届かなかったが、常勝から遠ざかった時代の西武で通算182勝を挙げた功績は大きい。西口の引退から西武でも欠番だったが、19年からは高橋光成が後継者に。かつての不吉なナンバーは、今や期待の表れだ。

写真=BBM
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