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背番号物語2019

【背番号物語2019】「#37」好打者が次々と巣立った出世ナンバー

 

背番号は、ある選手が引退しても、またある選手に受け継がれていく。2019年も新たな後継者が誕生した。その歴史を週刊ベースボールONLINEで振り返っていく。

広島では現役時代の指揮官が



 古くは打者の出世ナンバーという傾向があった「37」。1960年代から90年代にかけて、多くの好打者が「37」から巣立っていった。南海の桜井輝秀はドラフト5位から這い上がり、6年目の72年に「1」となって82年までプレーを続けた。同じ二塁手では、76年に入団して4年目から「6」となった篠塚利夫が続く。2度の首位打者に輝いた、球史に残る巧打者だ。

 同様に「6」となって通算2000安打に到達したのが、プロ入りした86年から90年にかけて「37」を着けていた日本ハムの“ミスター・ファイターズ”田中幸雄。ほぼ同時期のセ・リーグでは、広島で現在は監督を務める緒方孝市が着けていて、21世紀に入って松山竜平を経て野間峻祥の背に。ともに緒方監督の下、新たな黄金時代を支える存在だ。

 DeNAでも近年は出世番号の傾向があり、金城龍彦が2年目の2000年にスイッチヒッター歴代最高の打率.346で首位打者となって「2」を経て「1」へ、入団から一貫して着けていた桑原将志もプロ7年目の18年に「1」へと“出世”した。

【12球団・主な歴代「37」】
巨人 中島執、篠塚利夫、元木大介岡島秀樹田原誠次

阪神 中村和臣永尾泰憲高井一野原将志森越祐人

中日 与那嶺要江島巧鈴木康友北村照文三ツ俣大樹

オリックス 大石弥太郎三好幸雄有賀佳弘辻俊哉若月健矢

ソフトバンク 富島五郎、桜井輝秀、佐久本昌広、岡島秀樹、福田秀平

日本ハム 村上雅則、田中幸雄、石本努矢野謙次柿木蓮☆(2019年〜)

ロッテ 菅原紀元梅沢義勝小野和幸本西厚博三木亮

DeNA 島野雅亘山根善伸、金城龍彦、桑原将志、楠本泰史

西武 清俊彦仲田秀司大友進炭谷銀仁朗(銀仁朗)、岡田雅利

広島 紺田周三西沢正次、緒方孝市、松山竜平、野間峻祥☆

ヤクルト 村田元一伊勢孝夫岩下正明福川将和マクガフ☆(2019年〜)

楽天 永池恭男嶋基宏
(☆は2019年)

パ・リーグでは捕手ナンバーの潮流も


楽天・嶋基宏


 パ・リーグでは、機動力野球へと舵を切った90年代後半の西武を支えた大友進が「37」を背負い続け、これに続く「38」を移籍した中日で着けて現役を引退。大友の系譜をさかのぼると、西鉄時代にノーヒットノーランを達成した清俊彦がいる。投手では同時期に国鉄の第2エースだった村田元一。近年では岡島秀樹がレッドソックスを含む日米3球団で背負い、「37」の系譜に異彩を放つ。

 21世紀に入ると、パ・リーグでは各チームで捕手が並ぶようになった。筆頭は21世紀に誕生した楽天で2代目の「37」となり、そのまま一貫して「37」を背負って、チームを支え続けている嶋基宏だ。東日本大震災で地元の仙台が被災、混乱するナインを鼓舞し、2年後の13年には初の日本一に輝くチームの大黒柱に。迎えた19年は12年目のベテランとなるが、まだまだ司令塔の座は譲らない。

 また、大友のいた西武では、若手時代の炭谷銀仁朗(銀仁朗)から岡田雅利が継承、じわじわと存在感を見せ始め、さらにオリックスでは、17年から2年連続で100試合に出場した若月健矢が不動の正捕手に近づきつつある。一方のセ・リーグでは、19年の現役選手で「37」の捕手はゼロ。やはり捕手ナンバーとしての「37」はパ・リーグのみの新たな潮流と言えそうだ。

写真=BBM
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