週刊ベースボールONLINE

週刊ベースボール60周年記念企画

マウンドでガムを噛むマッシー村上にバッシング/週べ1966年4月4日号

 

 昨年、創刊60周年を迎えた『週刊ベースボール』。現在、(平日だけ)1日に1冊ずつバックナンバーを紹介する連載を進行中。いつまで続くかは担当者の健康と気力、さらには読者の皆さんの反応次第。できれば末永くお付き合いいただきたい。

南海・鶴岡一人の背番号変更


表紙は巨人王貞治



 今回は『1966年4月4日号』。定価は60円だ。

 南海に復帰した日本人メジャー第1号の村上雅則だが、オープン戦では3試合で被本塁打4本とパッとしない。
「大リーガーみたい」と言われていたガムを噛みながらのピッチングも、こうなると「打たれてるのにみっともない」とバッシングの対象になり始めた。
 村上自身は、
「何とも思ってない。体にいいですしね。ましてや日本の野球をなめているとか、バカにしているんていうほうがおかしいですよ。僕は日本の野球に慣れる前に、日本のマスコミに戸惑っているんですよ」
 と語る。実は村上とマスコミはキャンプ中から冷戦中。記者によれば
「村上は取材を申し込んでもすっぽかすし、たまにインタビューに応じても誠意が感じられない」
 と言っていた。

 引退してコーチとなった杉浦忠(その後復帰)は言う。
「村上は日本人にしては、すぐ燃えるタイプですよ。だからガムを噛んで冷静を保っているなら、それで結構。僕の口から注意することはないし、またしようとも思わない。彼は非常に素直な人間で、僕はどうということはないですけどね」

 投球内容がよければいいのだが、球威、制球力とも今一つ。それでも本人は、
「勝負は開幕してから。いまはいろいろ確認しながらやっているだけ」。
 アメリカに行ったからか、もともとなのか分からないが、ビッグマウスタイプだったらしい。

 南海では鶴岡一人監督が背番号を30から31に変えた。
「背番号30はカゲのもんや(故・蔭山和夫監督)。わしは仮に借りておるだけ。ずっと返さなきゃと思ってた」
 31は易学の人のアドバイスとか。

 南海に復帰を希望したが断わられたスタンカの大洋入団が決まった。
 詳しくは次号で。

 では、また月曜に。

<次回に続く>

写真=BBM
週刊ベースボール編集部

週刊ベースボール編集部

週刊ベースボール編集部が今注目の選手、出来事をお届け

関連情報

みんなのコメント

  • 新着順
  • いいね順

新着 野球コラム

アクセス数ランキング

注目数ランキング