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週刊ベースボール60周年記念企画

西鉄・稲尾和久の熱投/週ベ回顧

 

 昨年、創刊60周年を迎えた『週刊ベースボール』。現在、(平日だけ)1日に1冊ずつバックナンバーを紹介する連載を進行中。いつまで続くかは担当者の健康と気力、さらには読者の皆さんの反応次第。できれば末永くお付き合いいただきたい。

中日・江藤慎一のヘッドスライディング


表紙は巨人長嶋茂雄



 今回は『1966年9月26日号』。定価は60円だ。

 第一次ドラフト会議では249人の中から99人が選択された。本来は100人だったようだが、中日の8位指名、名商大の高井論が実は大学を中退していなかったことが分かり、指名取り消し、99人となった。

 話題の中心は阪神の1位・江夏豊。東海大進学の線も消えてもらず、条件面で交渉中のようだが、もともと「プロなら村山(実)さんのいる阪神に」と話しており、入団は間違いないだろう。

 意外だったのは、東映が3位で指名したPL学園高の加藤秀司。亜大、松下電器から熱心に勧誘されていたというが、「大学はあまり好きじゃないし、どうせやるなら最高のプロでやってみたい。金銭にこだわるのは嫌いだから、退団後東映で仕事(もちろん役者ではなく、一般社員)をさせてもらえればお世話になります」と言ったらしい。
 実際には拒否し、松下に進んでいる。のち阪急の中心打者だ。

 セの優勝はほぼ巨人で決まり、首位打者争いも、ほぼ決着。9月12日現在.346で、2年間無冠だった巨人・長嶋茂雄がタイトルをほぼ手中に収めていた。

 2分3厘強の差をつけられた中日・江藤慎一も、それまでは3年連続首位打者に執念を燃やし、間一髪のタイミングでの一塁にヘッドスライディングも話題となっていた。
 パフォーマンスではないか、という声もあったようだが、江藤は「必死なだけ」と否定する。

 後日談になるが、長嶋茂雄が「ずっと長嶋茂雄でいるのは大変なんです」といったことがあるが、江藤もまた、「ずっと江藤慎一でいるのは大変」だったのかもしれない。

 このときは、悪いことに、それが裏目に出る。
 9月11日、三塁ゴロでヘッドスライディングをした際に左手中指を脱臼。以後は思うようなバッティングができなくなった。

 一方のパは首位の南海に西鉄が迫る。9月9日から平和台、小倉で直接対決3連戦。両者の差は3.5ゲーム差だった。

 まず初戦は西鉄先発の田中勉が南海打線を抑え、今季18勝目。田中は6回に降板し、残りを稲尾和久が投げ切っての勝利だった。中西太兼任監督も4回に代打で登場し、犠飛を放っている(この試合のゲームセットの瞬間の写真が掲載されていたが、田中はなぜか私服。この号に特に説明はない)。

 翌日も西鉄は清俊彦が4回につかまると、再び稲尾を投入し、1失点で抑え、今度は勝利投手に。中西監督は、
「稲尾の神通力を信じた。やっぱり彼は大投手や。それにすっかりエンジンがかかっとる。きょうは会心の勝利や」
 とご機嫌だった。

 第3戦は敗れたが、西鉄と南海のゲーム差は2.5。気の早い博多のファンは商店街の「祝優勝」の横断幕をもう発注したと話していた。

 それにしてもだが、63年で8年連続20勝以上が途切れ、一度は投手生命絶望と言われた鉄腕・稲尾。この年はロングリリーフがメーンになったが、54試合に投げ、投球回は185回3分の2。

 言い方が妥当かどうか分からないが、命を削って投げていたように思う。

 では、また月曜日に。
 
<次回に続く>

写真=BBM
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