四番は金本、小久保がワンツー
1989年から2018年の平成年代、打線の中心、四番を最も任されたのは金本知憲で1346試合。2球団でのものだが、阪神ではチームトップの921試合、
広島ではチーム4位の425試合。阪神時代の04年4月2日から10年4月17日まで四番で連続出場を果たす日本記録もマークしている。
2位の小久保裕紀も2球団で1329試合の出場。3年しか在籍しなかった
巨人では173試合だったが、ダイエー・ソフトバンクでは1156試合に出場。これは球団別の四番打者の最多出場となる。四番で1000試合出場しているのは6人いるが、3位から6位までは全員3球団で四番を経験した。3位の
清原和博は
西武927、巨人297、
オリックス47、4位の
ラミレスは
ヤクルト557、巨人511、
DeNA129。5位の
落合博満は
中日602、巨人331、
日本ハム117。6位のA.
カブレラは西武810、オリックス143、ソフトバンク53。
一番で1000試合以上は
石井琢朗、
大村直之の2人。通算2432安打を放った石井は一番ではトップの1366、二番でも588試合に出場しており、一、二番の出場はスタメン全体の90パーセントにあたる。二番のトップはバントの名人だった
川相昌弘。二番では唯一1000試合以上に出場しているが、スタメンの88.6パーセントが二番での出場だ。
三番で1000試合以上出場しているのは
小笠原道大。99年に二番打者としてブレークしたが、02年から日本ハムの不動の三番打者となる。日本ハム679、巨人553、中日2試合で三番を任された。四番は44試合、五番は19試合と少なくクリーンアップの中では圧倒的に三番打者が多い。五番の1000試合以上は
和田一浩でこちらも唯一。西武562、中日527とほぼ一緒。和田は三番202、四番も369と中軸を多く打っている。
クリーンアップでの出場のランキングは、
1位 金本知憲 2023
2位 小久保裕紀 1763
3位 清原和博 1739
4位 和田一浩 1661
5位 T.ローズ 1636
6位
中村紀洋 1515
7位 ラミレス 1494
8位
前田智徳 1479
9位
松中信彦 1470
10位
稲葉篤紀 1370
と、3位までは四番と同じだが、4位には和田が入り、5位にはT.ローズがランクされた。T.ローズは三番743、四番769、五番124と、どの打順もトップテンには入っていないがクリーンアップでくくると上位となる。
八番と捕手は谷繁がダントツ
六、七番は1000試合を超えた選手はいない。六番は
山崎武司がトップで、七番は捕手でもバッティングが良かった矢野耀大がトップとなった。
八番は捕手4人が1000試合超え。トップテンを見てもすべて捕手の選手たちだ。02年に横浜から中日に移籍した
谷繁元信が1850試合でダントツのトップだが、2位の
中村武志は、谷繁のFAのあおりを受け中日から横浜に移籍している。DeNAの八番のトップは谷繁元信の907で、中日のトップが中村武志の1142とトップを分ける形になった。
ポジション別に見ると、やはり捕手の谷繁が2963試合と群を抜いて多い。ほかに2000試合を超えたのは外野手の金本で2410試合。三塁手1位の中村紀洋は1971試合、捕手2位の
古田敦也は1959試合でわずかに2000の大台には届かなかった。
各ポジションともに1500試合以上に出場した選手はいるが、指名打者はパ・リーグがほとんどで(セ・リーグは交流戦のビジターのみ)、外国人の起用が多いために1000試合を超えた選手はいない。
山崎武司は885試合中751試合が
楽天時代で07年に本塁打王と打点王を獲得しチームの創生期を支えた。
写真=BBM