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プロ野球回顧録

【平成巨人年代記】大型補強と劇的Vの長嶋時代、2度の3連覇の原黄金時代

 

平成の巨人は補強の時代でもあった。1993年に就任した長嶋茂雄監督はFA制度、逆指名ドラフトなど当時の精度をフルに使って20世紀最後、2000年の日本一につなげた。さらに3期にわたって指揮官となった原辰徳監督は、「巨人愛」を掲げながらも、したたかな戦いで黄金時代を築き上げる。

1994年には国民的行事「10.8」


94年、テレビ視聴率48.8パーセントの「10.8」決戦


 1989年、平成元年は、王貞治監督のあとを受けた藤田元司監督2期目の初年度だった。藤田監督は“先発完投”にこだわり、継投野球の前年から投手陣を再構築(チーム69完投)。斎藤雅樹は11試合連続完投勝利を含む20勝、桑田真澄が17勝、槙原寛己が12勝と、長く“先発三本柱”と言われることになる男たちのフル回転で優勝をつかんだ。打線ではクロマティが97試合目まで4割超えのハイペースで打ち続け首位打者。日本シリーズでは近鉄相手に3連敗を喫したが、土壇場の第4戦を香田勲男が完封勝利すると、4連勝の逆転日本一。最後の7戦は「(同年パの最下位)ロッテより弱い」と発言した加藤哲郎を攻略しての勝利だった。

 続く90年も勝ちまくり、9月8日、吉村禎章のサヨナラ本塁打で優勝。16試合を残して史上最速の優勝決定でもあった。しかし、日本シリーズでは黄金時代の西武相手にいいところなく、4連敗。翌91年は12年ぶりのBクラスの4位、92年は一時最下位に落ちる低迷でV逸し、藤田監督は退団。長嶋茂雄が監督に復帰し、初仕事ともいえるドラフト会議で10年に一人の逸材と言われた松井秀喜の交渉権を引き当てた。

 貧打に泣かされ、93年は3位だったが、球団創設60周年の翌94年を前に、できたばかりのFA制度で3度の三冠王に輝いた落合博満を獲得。チームはFA残留した槙原寛己の完全試合などもあり、快調にVロードを走った。終盤の急失速と中日の巻き返しで、史上初最終戦同率の首位決戦、いわゆる「10.8」を迎えるも死闘を制し、頂点に。その勢いのまま日本シリーズでは宿敵西武を撃破。長嶋監督は1期目には経験のない日本一を手にした。

 黄金時代構築に向け、広島川口和久ヤクルト広沢克己、ハウエル、ツインズの四番・マックらを獲得した95年だが、すべてが空回りで3位。翌96年もスタートダッシュに失敗し、7月6日には首位広島に11.5ゲーム差をつけられた。しかし、そこからMVPにもなった若き主砲・松井の大爆発、仁志敏久清水隆行の新人コンビの活躍もあって急浮上。長嶋監督の「メークドラマ」のフレーズにも乗せられ、史上屈指の大逆転優勝を飾った。日本シリーズではイチローを擁するオリックスに敗れている。

 97年は悪夢だった。西武からパの四番・清原和博、ロッテから左腕ヒルマンらを獲得するも、まったく機能せず、4位。清原は152三振で巨人ファンから罵声を浴びせられた。翌98年は新人・高橋由伸の活躍などもあったが、突っ走った横浜に届かず、10ゲーム差の3位。99年も新人・上原浩治の20勝を挙げる活躍はあったものの、開幕11連勝の中日に大差の2位に終わった。

スター軍団が築いた黄金期


09年リーグ3連覇を達成し、日本一にも輝いた原監督


 2000年に向け、さらにダイエーから工藤公康、広島から江藤智を獲得。“欲しがり病”と批判されながらも大型補強を続けた平成の長嶋巨人が、その集大成とも言えるシーズンを迎えた。四番・松井を軸に203本塁打を放った強力打線を原動力に、圧巻の強さでリーグV、日本シリーズでは、かつての盟友・王貞治率いるダイエーとの「ON決戦」を制し、20世紀最後の日本一となった。翌01年、投手陣の崩壊もあって2位。長嶋監督は勇退し、原辰徳ヘッドコーチに監督を禅譲した。

“巨人愛”を前面に出した原監督の初年度02年は開幕こそ出遅れたが、全員野球で急浮上し、独走優勝。日本シリーズでも西武を4勝無敗で撃破した。しかし03年は、星野仙一監督率いる阪神に及ばず3位。原監督は球団との確執もあって、2年で退任となった。

 続く04年、堀内恒夫監督初年度はダイエーから小久保裕紀、近鉄からローズを獲得し、チーム259本塁打と打ちまくったが、投手陣の崩壊で3位に。翌05年も球団ワーストの80敗を喫し5位。堀内監督は戦後初めて、優勝を経験せぬ監督として2年で退任。原監督が3年ぶりの復帰となった。

 06年は主力選手の相次ぐ故障もあって4位で3年連続V逸となったが、日本ハムから小笠原道大、オリックスから谷佳知らを獲得した07年は中日との激闘を制し、優勝。ただし、CSでは敗れ、日本シリーズ進出はならなかった。

 翌08年は阪神が飛ばし、一時は13ゲーム差をつけられたが、そこから大逆転優勝。「メークレジェンド」とも言われた。ヤクルトからラミレスが加入、2年目の坂本勇人の急成長もあった。日本シリーズでは西武に敗れている。続く09年は圧倒的な強さを見せ、V9時代以来となる3連覇。前年の中継ぎ・山口鉄也に続き、育成出身の松本哲也が新人王に輝き、“育成の巨人”とも言われた。10年3位、11年は統一球にも苦しみ、またも3位に終わっている。

 12年は捕手・阿部慎之助の攻守での活躍。ノーヒットノーランをマークした移籍1年目の杉内俊哉が12勝、エースの内海哲也は15勝を挙げ、独走Vで日本一にも輝く。さらに13年も連覇。マシソン、山口鉄也、西村健太朗の勝利の方程式も光ったが、日本シリーズでは絶対エース、田中将大を擁する楽天に敗れた。14年は阪神、広島と競って3連覇も8年連続で進んだCSではファイナルステージで阪神に4連敗している。

 15年の2位で原監督は退任。急きょ高橋由伸の引退、監督就任が決まった。結果的に3年連続V逸で原監督の復帰となったが、岡本和真の四番定着、菅野智之の完全覚醒と、チームの歴史にとっては、決して空白ではない。

写真=BBM

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週刊ベースボール編集部

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