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プロ野球回顧録

【平成ソフトバンク年代記】屈辱の低迷期を乗り越え福岡で築いた黄金期

 

1989年、平成元年は福岡移転初年度だった。豊富な補強資金で強化を図るも、なかなか結果が出なかったが、1999年、ようやく花開き、リーグ優勝、日本一。その後、球団名がダイエーからソフトバンクに変わったが、黄金時代は今も継続している。

南海から続いた暗黒時代。1999年には優勝&日本一


99年、中日を破ってナゴヤドームで日本一


 1989年は、序盤から下位に低迷しながらも岸川勝也藤本博史アップショー、バナザード、山本和範らを擁するリーグ2位166本塁打の打線が豪快な打撃戦を何度も展開した。4位に終わるも後半戦だけなら29勝20敗3分。上位3チームと互角に渡り合い、台風の目となった。10月5日には0対8から逆転し、13対12での勝利も。

 田淵幸一新監督で華々しくスタートした90年は85敗と負けまくって最下位。91年は若手エース・村田勝喜が13勝、阪神からの移籍組では池田親興がストッパー転向で結果を出し、大野久が盗塁王。オリックスから古巣に戻った門田博光も話題になったが、5位。翌92年には佐々木誠が28年ぶりの首位打者&盗塁王。オリックスから移籍のブーマーが打点王、捕手の吉永幸一郎もよく打ち、打線は好調だったが、投手陣が振るわず4位で田淵監督は退任。新人の若田部健一が10勝を挙げているが、10勝目は平和台の公式戦ラストゲーム、門田の引退試合でもあった。

 福岡ドームに本拠地を移した93年は根本陸夫が監督に。観客動員は好調だったが、広い球場でホームランも増えず大苦戦。首位に28ゲーム差の最下位に終わった。

 94年は一番にFA移籍の松永浩美、“バントしない二番打者”のカズ山本(山本和範)、さらに四番には西武から移籍の秋山幸二と豪華打線。前半戦は首位にも立ったが、8月の負け越しで失速。9月に盛り返したが、2位タイのオリックス、近鉄に6毛差で4位。南海時代を含め17年ぶりに勝率5割を超えた。

 95年、満を持して王貞治監督が就任。西武から工藤公康がFAで加入した。開幕戦は大物助っ人・ミッチェルの史上初の開幕戦初打席満塁弾もあって勝利したが、最終的には5位。2年目の小久保裕紀がホームラン王となっている。96年は3年ぶりの最下位。翌97年も7月終盤まで上位にいたが、そこから貯金を吐き出し、4位。サヨナラ負け13試合、20年連続のBクラスとなった。98年は連勝、連敗が続くが、勝率5割はキープ。オリックスと同率3位で77年以来のAクラス入りとなった。

 翌99年は4月30日、根本陸夫前監督の死去を契機に快進撃。9月に入り西武に迫られたが、73年以来26年ぶり、福岡の球団としては63年の西鉄以来36年ぶりの優勝を飾った。顔面への死球で頬骨を骨折しながら出場を続けた秋山、MVPにもなった最優秀防御率の工藤と、西武から移籍した“根本チルドレン”の活躍も光った。篠原貴行藤井将雄吉田修司らからペドラザにつなぐ勝利の方程式が確立したことも大きく、篠原はリリーフながら14連勝(優勝決定後1敗)。日本シリーズは初戦の工藤の好投もあって4勝1敗と中日を圧倒し、日本一に輝いた。

ダイエーからソフトバンクへ。豊富な資金力で投打盤石


14年、秋山監督のもとで優勝、日本一に


 2000年はリーグ連覇も「ON決戦」と言われた長嶋茂雄監督率いる巨人との日本シリーズは敗れている。01年は2位に終わるも44本の小久保を筆頭に松中信彦城島健司井口資仁が30本塁打超えの打線は「ダイハード打線」と命名され、猛威を振るった。翌02年は5月の台湾遠征後のハードスケジュールで失速。城島の骨折も響き、2位タイに。

 続く03年はとにかく強かった。82年から21年連続で負け越していた西武にも勝ち越し、全チームに勝ち越す完全優勝だった。オープン戦で小久保が負傷離脱も松中、城島、井口、バルデスが100打点超え、史上初の100打点カルテットとなった。チーム打率.297もプロ野球記録。盗塁でも井口、村松有人川崎宗則がリーグの上位3位を独占した。投手陣も斉藤和巳が20勝3敗。和田毅新垣渚の新人、2年目の杉内俊哉が先発に定着した。阪神との日本シリーズで胴上げ投手となった和田は14勝で新人王に輝く。

 前年オフに小久保の不可解な無償トレードがあった04年は、松中が三冠王、川崎が最多安打、盗塁王となりシーズン1位。初年度のプレーオフで西武に敗れ、当時のルールで2位となった。

 05年、ソフトバンク初年度も投打で圧倒的な力を見せ1位。しかしプレーオフでロッテに敗れ2位に終わった。続く06年は、城島がFAでメジャーに移籍し、7月には王監督が病気のため長期離脱。森脇浩司コーチが監督代行を務め終盤まで優勝争いを演じたが、3位に終わった。07年は3位。投手陣は杉内が15勝を挙げ、チーム防御率3.18と安定していたが、打線がいまひとつ。08年は主力の故障も響き最下位。退任する王監督の花道を飾れなかった。

 秋山幸二新監督の09年は3位。投手陣では杉内が15勝、70試合に投げ39ホールドポイントの攝津正が最優秀中継ぎと新人王になっている。10年は残り6試合から西武を逆転し、ソフトバンクになっての初優勝を飾った。和田が17勝、杉内16勝。リリーフ陣も安定していた。CSではファイナルステージでロッテに苦杯。

 11年は圧巻だった。パだけでなく、交流戦でセ全球団に勝ち越し、完全優勝。横浜から移籍の内川聖一がセ、パでの首位打者となっている。日本シリーズは中日を撃破し、03年以来の日本一。和田がメジャー、杉内、ホールトンが巨人に移籍した12年は17勝の攝津らがカバーし、投手陣は安定していたが、打線が振るわず3位。続く13年は4位に終わった。

 巻き返しをかけ大型補強を行った14年はオリックスを最終戦で破って劇的な優勝。日本シリーズでは阪神に4勝1敗で日本一に輝いた。その後、秋山監督は退任し、工藤公康監督に。15年、17年に優勝、18年は2位ながら日本一と、変わらぬ強さを誇っている。

写真=BBM

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週刊ベースボール編集部

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