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平成助っ人賛歌

プロ野球史上、最も打率4割に近付いたクロマティの平成元年シーズンとは?/平成助っ人賛歌【プロ野球死亡遊戯】

 

バリバリのメジャー・リーガー


巨人史上最強の助っ人と言われるクロマティ


 ついに令和元年が始まったが、30年前の平成元年の日本では1円玉不足が話題だった。

 1989年4月1日から3パーセントの消費税が導入されたのである。当時のプロ野球もほとんどのチームで入場料の値上げを決断。慣れない制度に頭を悩ませた日本ハムはA席3296円、B席2678円、C席1854円と3パーセント分だけ上乗せした細かい料金設定で、確かに1円玉不足も頷ける。そして、同じ東京ドームを本拠地としていた巨人はA席4200円、B席3100円、C席2100円と強気の値段設定。S席の4700円は全球団のホーム球場と比較しても最も高額なチケットだったが、それでも連日超満員。昭和の価値観が色濃く残る平成が始まったばかりの球界において、巨人はまだ圧倒的な人気と集客力を誇っていた。

 ほぼ全試合が地上波テレビのゴールデンタイムで生中継され、そのど真ん中で主役を張ったのが、ウォーレン・クロマティである。MLBのエクスポズの9年間で通算1063安打を放ち、勝負強い中距離打者として評価されたクロウは、83年オフにFAでサンフランシスコ・ジャイアンツへの移籍が翌日には正式発表という段階まで来ていた。しかし、当時30歳になったばかりの現役バリバリの大リーガーが予想外の行動に出る。なんと、年俸を値切られたことに腹を立て直前ですべてをキャンセルし、日本のトーキョー・ジャイアンツと3年180万ドル(約4億2480万円)の大型契約を結んだのである。

「日本行きは、何か他のものにチャレンジしたかったんだ。伝説的な存在の王さんが監督になって、オレが欲しいと言っているそうだ。それなら、という気になった」とのちにクロウは明かしたが、王貞治の監督1年目であり、球団創立50周年を飾る大物助っ人として来日する。

『週刊ベースボール』84年7月9日号では小林繁の直撃インタビューを受け、日本選手のヘビースモーカーぶりにカルチャーギャップを受けつつも、同僚の中畑清の明るさを「セントラル・リーグのホットドッグ」と褒め、不振に喘ぐ原辰徳には「タツはもっと自信を持って、リラックスした方がいいよ」なんてアドバイスを送り、他のチームメートともトモダチになりたいと笑う。さらに将来のビジョンについて、こんな言葉を残している。

「プロのドラマーになりたいと思っているんだ。ボクはね、日本であと3年やって、33歳くらいで野球をやめたいんだ」

球界屈指の人気選手へ


王監督(左)との関係も良好だった


 焼き鳥屋で王監督からマンツーマンの打撃指導を受け、1年目からチーム最多の35本塁打を放った背番号49は、2年目の85年も打率.309、32本塁打、112打点と文句なしの働き。シーズン末の骨折で無断帰国をかまして罰金100万円を科せられるオチはついたが、愛息に「コーディ・オー・クロマティ」と名付けるほどボスとの関係も良好。スタンドへのバンザイコール、拳を突き上げるガッツポーズに大きく膨らませた風船ガム、メジャー仕込みのヘッドスライディングのド派手なムーブの数々でクロマティはチーム屈指、いや球界屈指の人気選手へと登り詰める。

 3年契約最終年の86年シーズンは打率.363、37本塁打、98打点、OPS1.095。勝利打点18、殊勲打30という無類の勝負強さを発揮。ランディ・バース阪神)の2年連続三冠王で打撃タイトルの獲得こそならなかったが、頭部死球を受けた翌日に入院先の病院から神宮球場へ直行し、代打でバックスクリーンに満塁ホームランを叩き込んでみせた。

 そして、予定どおりにミュージシャンへの転身……とはならず、攻撃陣の大黒柱を球団も手放さず再契約。これ以降、クロウは毎年開幕前に「今シーズン限りで辞めて、大好きな音楽をやる」と宣言し続けることになる。グラウンドでは中日宮下昌己から死球を受け激怒、マウンドへ走り相手の右アゴにパンチを見舞い、リーグから「出場停止7日間、制裁金30万円」の処分を受けたことも話題に。この87年シーズンは、ついに王巨人が初優勝。日本シリーズでは中堅を守るクロマティの怠慢守備を突かれ西武に敗れたが、メジャー時代のクロマティは一塁か左翼が専門という事情もあった。

 またも「今年はオレの最後の年」とキャンプインした88年は、打率.333と好調をキープも6月13日に甲子園の阪神戦で久保康生から左手に死球を受け親指骨折。代役で昇格した呂明賜の大爆発で手術を受けたクロマティ不要論まで一部では囁かれたが、呂は後半に急失速。そんなチーム事情を横目にクロウはついに“クライム”というバンドでドラムを叩き、11月に東芝EMIからファーストアルバム『テイク・ア・チャンス』を発売する。悲願のミュージシャンデビューの夢がかなったのである。

 そんなに激しくドラムを叩いて骨折した指は大丈夫なのか的な突っ込みどころは満載だったが、テレビ出演時にこれだけ注目されたロックバンドのドラムは、X JAPANのYOSHIKIとクライムのクロマティくらいだろう。だが、売上げは3万枚ほどで2枚目の契約は白紙に。しかもキャロル夫人との離婚話で莫大な慰謝料が必要だった。……ちきしょう。しょうがない、あと1年。あと1年だけニッポンで稼いでやるぞ。

開幕から4割を超すハイアベレージ


下半身強化が功を奏して89年は神がかり的な打撃を披露


 年俸150万ドルで急転直下の残留を決断するも、尊敬する王は去り、藤田元司が巨人監督に復帰。昭和が終わり、平成という新時代も始まった。もはや恒例行事の「今年で野球から足を洗う。来年からはミュージシャンとビジネスマンとしてのオレを見てくれ」宣言でキャンプインする日本6年目のシーズン。

 週ベ89年4月17日号のスペシャルインタビューでは、チームリーダーを期待する声に対し「オレはスーパーマンじゃないから、ミスをすることもあるさ。そういう人間的なものを理解してくれた上で、リーダーとして認めてくれるんなら、ありがたいけどね」とか、「たくさんの日本の野球ファンにも名前を覚えてもらえたし、思い残すことはない。来年からはドラムを叩きながら“ジャイアンツ、マケタノ? ソウ、ガンバッテネ”と応援する側にまわりたいね(笑)」なんつって今度こそラストイヤーだと念押し。さらには「オレは希望的観測でものを言いたくないから、今年のジャイアンツは、はっきりいってラクじゃないと思うよ」なんて自軍の戦力を疑問視までする。もうクロマティはヤル気がないんじゃ……と誰もが疑う中、平成最初のシーズンが開幕。すると、売れないドラマーは開幕から神がかった打撃を披露する。

 開幕から4割を超すハイアベレージで突っ走ったのだ。30試合消化時、20試合で2安打以上を記録。指を手術したことにより、プレーできない間は徹底的に下半身強化を行ったことが絶好調の要因と明かし、とにかく打ちまくった。5月18日時点でなんと4割7分台まで打率を上げ、にわかに夢の4割挑戦が騒がれ始める。そんな中、クロウは外国人記者クラブの懇親会に呼ばれ、「いろいろやりたいことがあるんで、とにかく野球は今シーズンが最後なんだ」と約130人の記者の前で宣言しなおした。広島戦では敬遠球を打ちにいき右中間へサヨナラ安打を放つなど勢いはとどまることを知らず、6月24日まで4割を超えていた打率はその後も3割8分〜9分をキープ。チームは7月の11連勝で早々にペナント独走。注目は故障の原に代わり四番を打つクロウの前人未到の大記録へ移る。

 8月に入ると、再び調子を上げ、9日には4割復帰。8月20日のチーム97試合目まで打率4割台を維持したが、これは64年の広瀬叔功の89試合を抜き、日本球界最長記録となった。なお年間規定打席(403)には達していたため、計算上ではこの後の試合を休めばプロ野球初の4割打者が誕生していたことになる。

ラストシーズンは90年


89年はリーグ優勝、日本一に貢献した


 最終的に球団史上最高の打率.378で首位打者を獲得。自身初のMVPにも輝き、巨人も8年ぶりの日本一に。藤田監督は優勝会見の席上で、「一番頑張ってくれた人」と名指しで背番号49に感謝の言葉を贈ったほどだ。まさに野球人生の集大成とも言える完璧なシーズン。チームメートたちからはやめずに残ってくれと懇願される。さあこれからどうする? クロマティの著書『さらばサムライ野球』(講談社文庫)の中で、こんな描写がある。

 オフにアメリカの自宅でテレビを見ていたら、見慣れた東京の街並が映し出され、妙な気分に襲われたという。来年は絶対に日本になんか行くものかと思っていたはずなのに、すぐにでも飛行機に乗って東京に戻りたくなったのだ。なんてこった、あの街が肌にしみついちまった。音楽はもちろん好きだ。けど、気が付けば日本のことも好きになっていた。そして、クロウはまた戻ってくる。

 90年シーズン、年俸は3億円にまで到達するが、37歳のクロマティは打率.293、14本塁打、55打点という来日以来最低の成績に終わり、今度こそ退団。NPB通算打率.321、951安打、171本塁打、558打点。3年稼いで野球をやめるはずが、結局7年間を東京で過ごした男は、間違いなくファンから最も愛された「巨人史上最強助っ人」だった。

文=プロ野球死亡遊戯(中溝康隆) 写真=BBM
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