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プロ野球回顧録

【平成広島年代記】低迷期を乗り越え築き上げた黄金時代

 

1980年から続く黄金期の流れから91年に優勝。その後も優勝争いには加わるが、FAでの主力選手移籍などもあって徐々に低迷期に入っていく。しかし、ぶれずに育成に徹したチーム方針が見事開花。2016年から3連覇を飾り、新たなる黄金時代を築いている。

1991年に優勝も、以後FAにも苦しめられVが遠ざかる


91年、山本監督の下、5年ぶり平成初優勝


 1989年、ミスター赤ヘル・山本浩二監督初年度は、素晴らしいスタートダッシュを見せたが、2位に。正田耕三は、3年連続首位打者はならなかったものの、34盗塁で盗塁王になり、津田恒実が40セーブポイントで最優秀救援投手に輝いた。翌90年も2位だが、連覇の巨人には22ゲーム差。新人・佐々岡真司が13勝17セーブでリーグ特別賞、2年目の野村謙二郎が盗塁王と躍動した。

 続く91年は5月5日からの9連勝で首位に駆け上がった。その後、混戦にのみ込まれたが、9月10日から1位・中日との直接対決に3連勝して首位を奪還し、最後は地元・広島市民球場の阪神戦で5年ぶり優勝。史上初めてグラウンドでの祝勝会でファンと喜びを分かち合った。

 優勝の原動力は投手陣だ。2年目の佐々岡が先発に回り、17勝でMVP。北別府学が11勝、川口和久が12勝。火消しとなった大野豊が32セーブポイント。大野とダブルストッパー構想があった津田は春先に病気で離脱。公表はされなかったが、悪性の脳腫瘍だった。93年7月20日、32歳で死去した。日本シリーズでは3勝4敗で西武に敗れている。

 92年は4位だったが、最後まで優勝争いに加わった。北別府が200勝を達成している。93年は開幕から球団新記録の6連勝はあったが、8〜9月には12連敗もあって最下位。山本監督は退任した。江藤智が34本塁打でホームラン王、前田智徳も打率.317、70打点。若き2人の活躍がファンにとっては救いだった。

 三村敏之監督となった94年は、一時、首位・巨人に15.5ゲーム差をつけられたが、そこから猛追。5月に右手親指を骨折した江藤が復帰後の8月に月間16本塁打の日本記録を作った。最終的には3位。95年は5月下旬に前田智の右アキレス腱断裂はあったが、江藤が本塁打、打点の2冠、野村がトリプルスリー、緒方孝市が盗塁王。山内泰幸が14勝で新人王、背番号106のチェコが15勝と手ごたえの多いシーズンだった(2位)。

 96年は4月こそ出遅れたが、その後、ハイペースで貯金を積み上げ、7月6日の段階で2位・中日に8ゲーム差をつけ、独走態勢に。しかし、後半戦は投手陣の息切れと巨人の猛スパートもあって3位となっている。97年もビッグレッドマシンとも言われた自慢の打線は健在だったが、投手陣が夏場から息切れ。それでも42歳の大野豊が史上最年長で最優秀防御率、澤崎俊和が新人王に輝いた。翌98年は新人・小林幹英の4月月間MVPに活躍もあって首位に立ったが5月から失速し、最後は全球団負け越しの5位に終わった。

 99年には達川晃豊(光男)監督が就任。佐々岡が15勝を挙げた以外はパッとせず、5位に。打線では緒方が打率.305に自己最多の36本塁打をマークして気を吐いた。

ブレなかった育成球団の信念。セでは巨人以外で初の3連覇


18年のリーグ3連覇を花道に新井が引退


 99年オフに主砲の江藤がFAで巨人へ移籍した2000年は、主力が故障で苦しみ、5位も金本知憲がトリプルスリーを達成した。8年ぶりに山本浩二監督が復帰した01年も緒方、前田智の故障も響き、4位に。投手陣では黒田博樹が12勝で勝ち頭に、金本が901打席連続無併殺打の日本新記録を作った(最終的には1002)。続く02年も5位。金本がFAで阪神に移籍した03年も5位。平成のカープはとにかく5位が多い。

 続く04年も5位だった。“赤ゴジラ”と言われ、首位打者を手にした嶋重宣をはじめ、新外国人のラロッカもよく打った。05年は黒田が最多勝、新井貴浩がホームラン王、前田智が自己最多の32本塁打を放つなどがあったが、結局は最下位。山本監督は辞任した。新監督ブラウンの06年は黒田が最優秀防御率、新井が100打点を挙げるなどもあったが、またも5位。続く07年も5位。オフには黒田、新井の投打の大黒柱がFAでチームを離れた。08年は広島市民球場のラストイヤーだったが、投手陣の不振もあって4位に終わった。

 マツダ広島初年度の09年は大竹寛が10勝、ルイスが2年連続奪三振王、永川勝浩が3年連続30セーブ以上をマークしたが5位。翌10年も5位だったが、明るい兆しは前田健太。15勝を挙げ、防御率2.21で最優秀防御率、沢村賞にも輝いた。

 統一球元年の11年は先発にバリントン、抑えにサファテが活躍し、交流戦まで2位だったが、そこから急失速。“定位置”の5位に収まる。

 12年は前田健がノーヒットノーランをマークするなど14勝を挙げ、1.53で最優秀防御率、野村祐輔が新人王となったが、4位で、またもCS出場はかなわなかった。

 13年、4年目の野村謙二郎監督の下、16年ぶりのAクラス3位。ついにCS進出を果たす。前田健は15勝で投手の軸となり、50犠打をマークした菊池涼介、盗塁王の丸佳浩など若手の台頭も目立った。CSではファーストステージで阪神を下すも、セカンドステージで巨人に敗れた。

 続く14年はシーズン序盤首位を快走したが、交流戦で失速。エルドレッドが本塁打王、投手では新人の大瀬良大地が10勝をマークしている。CSではファーストステージで阪神に敗れた。野村監督は退任。

 緒方孝市監督初年度の15年は黒田、新井が復帰し、結果は4位。オフには、エース・前田健が海を渡った。続く16年は25年ぶりリーグ優勝。黒田、新井のベテランもそうだが、タナキクマルと言われた田中広輔、菊池、丸に加え、「神ってる」が流行語になった鈴木誠也らが躍動した。そのまま18年まで3連覇を達成したが、16年は日本シリーズ、17年はCS、18年は日本シリーズでいずれも敗退。1984年以来となる日本一にはいまだ届いていない。

写真=BBM

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週刊ベースボール編集部

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