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FOR REAL - in progress -

馬車は走る――投手コーチの思いを乗せて/FOR REAL - in progress -

 

優勝を目指して戦う横浜DeNAベイスターズ。その裏側では何が起こっているのか。“in progress”=“現在進行形”の名の通り、チームの真実の姿をリアルタイムで描く、もう一つの「FOR REAL」。


 コーチとは、もとは“馬車”を意味する言葉だ。

 ベイスターズの投手陣は、2台の馬車に分乗して、143試合を駆け抜ける。

 三浦大輔が御する馬車には先発投手が、木塚敦志が率いる馬車には救援陣が、肩を寄せ合い乗り込んで、時に奮い立たせ合いながら、山あり谷ありの道を駆け抜けていく。

 今シーズン、専任の投手コーチとして1年目の三浦は、最高のスタートを切ることができた。前半戦のベストゲームを問われ、こう述べた。

「いちばん印象に残っているのは、やっぱり開幕戦の今永(昇太)のピッチング。すばらしい投球をしてくれましたし、チームに与えた影響はかなり大きかった」


 ドラゴンズを相手に、8回120球、11三振を奪う左腕の好投。馬の蹄は心地いい音を立てて石の路面を蹴り、車輪はスムーズに回り始めた。

「全員でひっくり返された」


 いななきとともに馬が足を止めるのは、開幕2カード目のスワローズ戦だ。木塚の馬車がぬかるみにはまった。

 4月2日、1点リードの8回に4点を失い逆転負け。翌3日も8回に3点差を追いつかれ、9回サヨナラ負け。2夜連続、痛恨の敗戦だった。

 自身、眠れぬ夜を過ごしたという木塚が、当時の状況を振り返る。

「誰っていうわけじゃなく、全員でひっくり返されたゲーム。一個取れたアウトがあれば変わっていたよなと思う部分もあるし、そういう歯車の微妙にずれたしわ寄せが最後のほう(のピッチャー)に行ってしまった部分もあるし……。個々の投手を見ると、この2〜3年のシーズンに比べて“誤差”があるというのかな。いままでと違った感覚を受け入れながらの“よーいドン”になったんじゃないかなと思いますね」

 このボールをここに投げておけば。
 この打者にはこういう攻め方をしておけば。

 経験値に基づく投球が、しかし予想と異なる結果につながる。木塚の言う“誤差”を最も強く体感したのは、砂田毅樹だったかもしれない。

 2017年は62試合、2018年は70試合に登板。タフなメンタルを持つ若い左腕は過去、厳しい局面を幾度も切り抜けてきた。
 だが、今シーズンはなかなか調子が上がらなかった。期待を背に駆け上がったマウンドを、悔しさを噛み締めながら降りたことは一度ではない。

 6月13日に今シーズン2度目の登録抹消となった砂田について、木塚は言う。

「同じリーグで対戦する好打者、左打者ってことになれば、もう2周、3周とやってるわけで。その中での勝負の仕方に、自分本位のところが比率としていくらかはあったのかもしれません。じゃんけんでいえば、何を出すべきなのかというところで苦しんだんじゃないか」


完封勝利、その時、ブルペンは。


 先発陣に目を戻すと、春先、車輪の回転は順調だった。

 4月10日の甲子園で、3年目の濱口遥大がプロ初完投・初完封を達成すると、1つ年下の後輩左腕に刺激を受けた今永も、2日後の同12日、横浜スタジアムでのカープ戦で自身2年ぶりの完封勝利を飾る。

 春季キャンプのころから「プラスワンイニング」を先発投手たちへの宿題としてきた三浦にとって、彼らの投球は喜ばしいものだった。

 それだけではない。試合開始から終了までマウンドに立ち続けたピッチャーは、ブルペンにも特別な時間を届けていた。
 木塚はしみじみ言う。

「ブルペンに全員が最後まで残っているのは、そうあることじゃない。もちろんノープレッシャーということはないけど、先発投手のがんばりをみんなで一喜一憂しながら応援していました。今永が投げた試合は、ブルペンの電話、一回も鳴らなかったんじゃないかな。試合が終わった時は、ブルペン総立ちになってハイタッチしました。いい思い出というか、印象深い試合でしたね」


 しかし、いい時期は長くは続かなかった。
 4月16日から10連敗を喫すると、3勝1敗の4試合を挟んでさらに5連敗。投打に噛み合わない試合が繰り返された。

 もちろん、投手コーチも「つらかった」(三浦)。だが、救いは選手たち自身が闘志と明るさを失わなかったことだ。

 現役時代、もっと長い連敗を経験した三浦は「それでも10連敗は長いですよ」と苦笑しつつ、その間の選手たちの様子を思い返す。

「一生懸命やっていれば光は見えてくる、怠慢プレーのようなことがなければ大丈夫だ、と。負けが続けば気持ちも落ち込みがちですけど、選手は前向きにグラウンドに立っていてくれましたから」

 ピンチを迎え、マウンドに駆け寄る時、またかと思われることもいとわず「攻めろ」と語りかけ続けた。「守るよりも攻めたほうが強い」。それが三浦の揺らがぬ信念だからだ。

 攻撃的な姿勢を求めるのは、マウンドの上だけではない。打席に入る機会のある投手たちに、戦う姿を見せることを要求している。

「『思いきって振ってこい』と言ってます。投手ですから打てなくてもそんなにダメージがあるわけじゃないけど、もし打ったら、それだけでベンチは盛り上がる。相手ピッチャーの攻略を野手だけに任せるんじゃなくて、しっかりと振る、打とうとする姿勢を見せることで、ちょっとでも神経を使わせて、貢献できるようにしようという話はしています。みんな、センスがいいから打つんですよ(笑)。野手顔負けのバッティングをしてくれる。塁に出るとバテるから打たなくていいって考え方もあるかもしれないですけど、それぐらいでバテてるようじゃ先発投手は務まらない。後半戦も、打席に入ったら打者として、しっかりとスイングしてほしいと思います」

これからもチャレンジは続く。


 険しい悪路を抜けたチームは、開けた道に出て、徐々に速度を上げる。

 砂田だけでなく、右ひじクリーニング手術のため三上朋也も欠けたブルペンの陣容が、少しずつ整い始めた。
 とりわけ右の三嶋一輝、左のE.エスコバーはシチュエーションを問わず、ベンチからの求めに応じて腕を振った。

 4月、逆転連敗のスワローズ戦で苦しみを味わったS.パットンも復調した。木塚は、ひざを突き合わせて言葉を交わした日のことを、こう明かす。

「決して、開き直ったとかではなくてね。受け入れて、どうするかというところで、ここまでやってきたんだと思います。4月の(打たれた)試合の後に、話をしました。話し合う前の晩にそれぞれ映像を見返してから、時間をつくってもらって。まず、起きたことの整理。そして、これからもチャレンジは続くんだということ。彼自身、納得してくれたし、チャレンジを止めることもなかった。そういうプレースタイルは本当に尊敬しますし、彼の強さなんだろうと思います」


 継投の最後尾には、今年も山崎康晃が控えている。史上最年少の通算150セーブに王手をかけている守護神にも、木塚はたしかな成長の実感を得ている。

「本当は前半戦のうちにと思っていたんですけどね。『オールスターで(150セーブ目を)挙げてこい』だなんて冗談を言って送り出しました。それこそ神宮での苦しい試合があった後、みんなが集まっている時に『一言いいですか』と言って初めてみんなの前でスピーチをしてくれた。その姿にはひと回り大きくなったなと感じましたし、必死に1アウト1アウトを積み重ねた結果がこうやって皆さんに喜んでもらえるっていうのは、彼の人徳でもあると思う。本当に偉大な記録ですが、彼にとっては通過点なんだと思います」

 三浦が「後半戦のキーマンをあえて一人選ぶなら」との質問に、しばらく考えたあと口にしたのが山崎の名前だった。

「先発陣全員キーマンなんですけど、あえてクローザーを挙げたいですね。キャンプに入る時から言っていることで、やっぱり三者凡退で抑えてほしい。終盤、優勝争いをしていくうえでは接戦をものにしていかなければいけないし、山崎の出番も増えてくると思う。球数少なく終わって、連投できるように。そうでないと優勝できないと思いますから」


強いまなざしで「わかりました」。


 そしていま、後半戦の開幕を控えて、一人の投手が馬車から馬車に飛び移ろうとしている。いや、もとの客車に「戻ろうとしている」といったほうが正しいだろう。

 石田健大。前半戦で中継ぎとして奮闘した左腕が、今シーズン初先発に向けての調整に入っている。

 7月9日の神宮での試合後、三浦、木塚、石田の3人は対話の場を持った。ここでいったん登録抹消となること、先発としての調整に入ってもらうことがそこで説明された。

 まず、三浦が明かす。

「後半戦は先発で行ってもらうからと話しました。『わかりました』と、強いまなざしで返事をしてくれましたね。先発にまた戻りたいという気持ちを常に持っていることは感じていましたから、走塁練習、バント練習、攻撃のサイン、そういうものをしっかりとやっておくようにと常々話してきました。彼が加わることで厚みも増すし、ほかの先発投手陣の刺激にもなると思います」

 木塚は言う。

「彼をどう復活させるか、どうすればパフォーマンスを出してくれるのかという取り組みの一環ではあると思います。いろんな方法論があるなかで、中継ぎとして見せてくれた、あの雄たけびが出るような、取りたいアウトを取る投球を今後もしてくれれば、チームにとってもプラスになるのは間違いない。彼には、チャレンジだぞという話をしました。とにかくもう一回チャレンジしよう、と。中継ぎとしての登板スケジュールに追われていた部分もあるし、先発としての準備期間が十分にあるわけではない。目指すものは、いきなり150球、完投・完封ってことではないとは思います。野手に守ってもらって攻撃のリズムをつくり、責任イニングをまっとうする。そこまで投げてくれれば、ブルペン陣全員で拍手したい。そんな思いでいます」


ここまで「誤算」はない。


木塚が後半戦のキーマンに挙げたのは、馬車に途中から飛び乗った若い2人だ。

「心配も期待も全員にしているし、夢にも出てくるぐらいです。その中で齋藤俊介櫻井周斗は、それぞれデビューのマウンドで、純粋にバッターに向かっていく投球をしてくれた。そういう純粋さ、プロ野球に入ってきた原点を大事にしながら戦力になってくれるところまでいけば、これから暑くなって厳しい戦いになってきますが、ブルペン陣としていい一矢、二矢を放つことができるんじゃないかなと思っています。マウンドに立てる喜びをシーズン終了まで表現し続けられれば、プラスになるだろうし。楽しみですね」

 三浦は、ここまで「誤算」は特にないと言った。そもそも、数字を書いた付箋を各投手の顔写真に貼るような「計算」をしていないからだ。

 コーチに専念しての初のシーズン、行く先に何が待ち受けているかわからない。とにかく突き進み、難所にぶつかり、そのたびに全員で乗り越える。そのプロセスを通じて「どういう選手が出てくるのか」。三浦はそれを待っている。

 馬車に後退のギアはない。
 手綱を握る2人の御者は、声をかけ合い疾走しながら、底力が問われる真夏のレースに突入する。



『FOR REAL - in progress -』バックナンバー
https://www.baystars.co.jp/column/forreal/

写真=横浜DeNAベイスターズ
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