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FOR REAL - in progress -

ストーリーの幸せな結末――山崎康晃、通算150セーブへの道程/FOR REAL - in progress -

 

優勝を目指して戦う横浜DeNAベイスターズ。その裏側では何が起こっているのか。“in progress”=“現在進行形”の名の通り、チームの真実の姿をリアルタイムで描く、もう一つの「FOR REAL」。


 サインはすぐに決まった。

 149kmの直球はわずかにシュートして甘く入った。

 7月17日のカープ戦、3-1と2点リードの9回表2アウト。フルカウントからのストレートを、高橋大樹は見送った。その瞬間、投手の眉間にしわをつくっていた緊張はようやく弛緩した。

 ヒーローインタビューへの出囃子が、この日が特別であることを物語っていた。青いタオルを掲げて飛び跳ねる観客たちは、何の説明がなくともそれを理解していた。

 山崎康晃、史上最年少の通算150セーブ達成。

 大きな記念ボードを渡されたお立ち台で、こう言った。

「環境に恵まれたと思っているので。これは自分だけの結果じゃないと思っていますし、本当に仲間に恵まれました」


 ルーキーイヤーの開幕からクローザーを任された稀有な男の言葉に嘘はない。もしも一人で歩いていたなら、ボーリングのレーンのような道の上、右端の溝に行き当たっては左に曲がり、左端の溝に行き当たっては右に軌道を変えながら、己の進路は易々とは定まらなかったはずだ。だが、プロに入ってからの山崎は、見事に一直線に1番ピンめがけて転がっていった。環境がそうさせたのだ。

 言い換えれば、山崎は遅かれ早かれ、抑えのポジションに行き着いていただろう。ガーターを巧みに避けつつ、1番ピンにぶつかっただろう。

 いまになって振り返れば、過去のすべてがそう仕向けていた。

リリーフの楽しさに気づいた一戦。


 小学生のころから、投球時、インステップするクセがついた。体に負担がかかるフォームを矯正する必要性を、各世代の指導者が口にした。

 亜細亜大の生田勉監督には「直さないと試合で使わない」とまで言われた。ブルペンのマウンド、左足を踏み出す位置に石を置き、コーンを置き、ラインを引いて、必死に矯正を試みたが体に染みついた動きは直せなかった。「砲丸投げみたいに」体が開いた感覚になり、リリースは「スカスカ」。「もうそのままでいい」と、監督もあきらめざるを得なかった。

 2学年上の東浜巨や1学年上の九里亜蓮ら、チームには好投手がずらりと揃い、山崎はおのずとリリーフで起用されることが多くなった。「短いイニングでスパッと終わって帰ってくる」その楽しさに気づいた一戦がある。

 3年時の全日本大学野球選手権大会、桐蔭横浜大との準々決勝だ。タイブレークにもつれこんだ延長10回のマウンドに、山崎は立った。1アウト一、二塁で始まるイニング、ストレートの真っ向勝負で2者連続の三振。亜大はその裏に1点を奪い、サヨナラ勝ちした。

 ミットを構えていた嶺井博希は、のちにこう言った。

「あの時のボールは絶対打たれない」

 捕手の言葉を反芻しつつ、山崎はうなずく。

「強いボールを投げられるので、ちょっと誇らしい部分がありましたよね。タイブレークで三振を2つ取った試合で、味を占めたんです。『うわ、楽しい』って。短いイニングなら任せろ、と思うようになりました」

 リリーフ向きの適性を、ベイスターズのスカウトも見抜いていた。目指すべき将来像を「抑え」と思い描いて、ドラフト1位で指名した。


 1年目のキャンプ、オープン戦と、まずは先発としての競争に加わったが、結果は出なかった。当時の首脳陣から「ちょっと中(中継ぎ)で試してみようか」との提案を、山崎は何の抵抗もなく受け入れる。いや、心のどこかでは、その言葉を待っていたのかもしれない。

 いるべき場所に戻ってきたかのように、右腕は躍った。

どん底の2016年夏を越えて。


 2015年、1年目の山崎は37セーブを挙げ、新人最多セーブ記録を大幅に更新する。悪癖とされ続けてきたインステップは、プロでは打者を幻惑する武器となった。

 2年目の2016年夏、おそらくはここまでのキャリアで最大のどん底を経験する。セーブ機会に失点を重ね、汚名返上と駆け上がったマウンドでまた打ち込まれ、根っから明るい男の心もさすがに折れかけた。

 ある夜は、試合後のライトスタンドに上り、座席の一つに腰を下ろした。ファンの目になり、マウンドに上がる背番号19の姿を闇夜のグラウンドに見ようとした。そこに立つべき者として何をなすべきなのか、どうすればここに座る大勢のファンの期待に応えられるのか。沈黙のなか思考だけを巡らせた。

 ある朝は、茨城県に向かって車を走らせた。小中と所属した「西日暮里グライティーズ」の夏合宿期間中と知り、自然と気持ちがそこに向かった。

「野球が楽しめてないな、と。勝負に対してもそうだし、グラウンドに入る時は『今日もやられるんじゃないか』とか、バッターが打席に入るだけでちょっと怖くなったりだとか。そういう悲壮感が自分の中を駆けめぐっていた。なんでこんなに怯えてるんだろう、楽しい野球って何なんだろう、と……」

 小学生の時、土日の練習が楽しみなあまり、木曜日が来たころからワクワクしていた。金曜日のクラブ活動が終わった瞬間、「リミッター解除」。投げて、打って、走っての一つひとつは常に笑顔とともにあった。

 少年時代の山崎自身もキャンプを張った合宿所に着き、まず独りで走った。それから子どもたちの練習に混じり、野球を純粋に楽しむ顔に囲まれた。

 ナイターを控えていたから、時間にすればわずかなものだ。だが、忘れかけていた気持ちを取り戻すために、原点から再び歩み出すためには、欠くべからざる時間だった。

 ライトスタンドからの客観と、自らの心に深く分け入る主観と。己を見つめ直し、とにかく前を向いて、いつしか山崎は谷底から這い上がっていた。

「もう一回、ツーシームで勝負したい」


 150セーブ到達までのプロセスにおいて最も印象深い登板として挙げるのは、2017年の日本シリーズだ。2勝3敗で迎えた第6戦、1点リードの9回に内川聖一にソロ本塁打を打たれ、同点に追いつかれた。決め球のツーシームを捉えられたのだ。延長11回に決着はつく。黄金の紙吹雪が舞うなか抱き合うホークスの選手たちを、山崎はベンチから見た。


 今年6月のセ・パ交流戦、敵地福岡でホークスと戦った。

 試合前練習のマウンドチェックで、あれからもう1年半余りが過ぎているのに、記憶は甦った。

「ああ、ここで打たれたよなって。あそこで決まったよなって思い出しましたね。(内川のホームランが)あのへんに飛んだなって、スタンドのほうを見ながら」

 1勝1敗で迎えたカード3戦目、2-2の同点で延長に入り、12回表の攻撃でベイスターズは無得点。勝ちの可能性がなくなり、引き分けをもぎとるための最終イニング、山崎がマウンドに送り出された。

 その先頭打者が、内川だった。山崎は言う。

「ぼくは、ツーシームでもう一回勝負したいなってはっきり思っていたんです。(内川は)前の試合からまっすぐに合っていない感じがあったので、まっすぐで追い込んでからツーシームだ、と」

 だが、追い込むためのストレートが浮き、レフト前に弾き返される。A.デスパイネのヒットと申告敬遠でノーアウト満塁。状況は極まった。

 捕手は嶺井だ。マウンドに歩み寄って、一言、言った。

「しょうがない。もう終わりだと思って投げてこい」

 絶体絶命の土壇場で、そう言われて吹っ切れた。夏休みも残り3日になってから溜まった宿題を猛烈な勢いで終わらせる男は、後がないと知らされてから燃えるのだ。

 松田宣浩から三振を奪い、上林誠知はファーストゴロ。2アウトまでこぎ着けたが、高谷裕亮との対戦は4球を投じたところでカウント3-1。ボール一つも許されない状況に、山崎は追い込まれた。

「うれしい気持ちは家に置いてきました」


「相手も考えるし、ぼくも考える。その上を行かないといけない。ぼくは持ち球が少ないので、じゃあ何ができるのか。ボールを長く持つ。首の使い方を変える。そうやって、普段と違うなってところを相手に感じさせながら」

 3球目以降、バッテリーは一貫してストレートを選択した。ツーシームがいつ来るか、いつ来るかと思わせつつ、まっすぐ、まっすぐ、またまっすぐ。

「ツーシームに目がいきがちですけど、自分の武器はストレート」

 140km台後半から150kmの球速を維持しつつ、ゾーン内にコントロールし続けた。8球目、150kmに押された打球は力のないファウルフライとなり、息詰まるゲームは終わりのときを迎えた。

 3つのアウトを取ることが唯一絶対の使命となるラストイニング。そこを託され続ける26歳は、球場に交錯する見えないものの存在を敏感に感じ取るという。

「ストーリーっていうのかな……。抑えをやっていると特に、そういうものをすごく感じるんです。攻撃側はアグレッシブになるし、ランナーが出れば動いてきたり、作戦的な駆け引きが出てきたり。目の前にいるバッターと前回対戦した時にはどうだったか、とか。ぼくの球種が少ないのは相手もわかっているなかで、次は何を投げるべきか、気をつけるべきことは何か、繊細になってる自分がいる」


 最終回に至るまでの試合の展開。

 ベンチとベンチの思惑の交錯。

 投手と打者の間で繰り返されてきた対戦の歴史。

「いろいろ動く」1イニング、そのたびに「ストーリー」の結末を自らの手でつくっていく。

 150セーブ達成後のドラゴンズとの4連戦、2戦目以降の3試合はいずれも1点リードで9回がやってきた。ただの1点差ではなく、じりじりと終盤に追い上げられての1点差だ。竜の打線は粘りがあり、2位を争う眼前の敵でもあった。

 心のわずかな隙、そこから生じるコントロールミスや、腕の振りの甘さ、ほころびが一つあれば、どうなるかわからない点差。これぞ修羅場の3連投、山崎は本塁を一度たりとも踏ませることなく、9つのアウトを積み重ねた。

 150セーブを達成した翌日、投手陣の前に立ち、短いスピーチをした。

「うれしい気持ちは家に置いてきました。後半戦の大事な時期、疲れが出てくるところですけど、みんなでがんばりましょう!」

 その言葉どおりに、山崎を含むブルペン陣の奮闘もあってオールスター明けの7連戦を5勝2敗と大きく勝ち越し。チームはついに5割の壁を越えた。
 クローザーは、神が意地悪なまでにおもしろくしたシナリオに、ハッピーエンドの結末を日ごと書き足していった。


「血がつながってるんだな」


 記録を達成した7月17日、山崎の母ベリアさんは横浜スタジアムに観戦に訪れていた。記念のボールを愛息から受け取ると、「おめでとう。目の前で見られてよかった」と笑顔で話したという。

 子どものころから、深い愛をもって育てられてきた。プロになっても、母は我が子の投球を見つめ、異変があれば誰より先に気づいた。打ち込まれ肩を落として帰ると、大量のお菓子が置いてある。食卓に山崎の大好物、母の故郷フィリピンでソーパスと呼ばれるマカロニスープが出てくる。そうやって無言でもてなすこともあれば、はっきりと言葉にして思いを伝えてくることもあった。

 そのたびに、山崎は母の不思議を思う。

「お母さんってすごい。何でもわかっちゃう。血がつながってるんだなって思いますね」

 ヒーローインタビューが終わり、山崎はチーム付きのスタッフに言った。

「記念ボール、ファンにあげちゃいました」

 チームスタッフは「えっ?」と驚きつつ、こう返した。

「……そうか、あくまで通過点ってことか。これからもっとがんばるってことだな」

 チームスタッフが感心している様子を見ながら、つい先ほどまでマウンドに鬼神のごとく立っていた山崎はしてやったりの顔をする。

「何言ってるんですか。いちばんのファンはぼくのお母さんでしょ!」

 そこにはいつもの山崎の、無邪気で、陽気な笑顔があった。

『FOR REAL - in progress -』バックナンバー
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山崎康晃選手 150セーブ記念グッズ
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写真=横浜DeNAベイスターズ

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