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FOR REAL - in progress -

爪痕は、残せたか――中川虎大の44球/FOR REAL - in progress -

 

優勝を目指して戦う横浜DeNAベイスターズ。その裏側では何が起こっているのか。“in progress”=“現在進行形”の名の通り、チームの真実の姿をリアルタイムで描く、もう一つの「FOR REAL」。


 つかの間の夏の休日が終わろうとしていた。

 中川虎大のスマートフォンがLINEメッセージを受信したのは、和歌山の実家を発つ準備をしている最中だった。「時間がある時に電話を」。ならば移動に入る前にと、中川虎はすぐにファームのマネージャーに電話をかけた。

「明日、球団代表の三原(一晃)さんから話がある。スーツを着て、印鑑を持って、応接室に来るように」

 待ち焦がれた漢字5文字の予兆を感じ取り、19歳の胸の鼓動は高鳴った。

 寮のある横須賀へと向かう道中、高揚感の隣には不安な思いも座っていた。

「これで(自分が想像しているものと)違ったらどうしよう」。答えは翌日、明らかになる。

 向き合って座った三原は言った。

「支配下登録する。おめでとう。よかったな」

 育成選手として入団して2年目の今シーズン、ファームで14試合に登板した。前半戦を終えた時点で9勝(3敗)、防御率1.85、奪三振77は、いずれもイースタン・リーグでトップの成績だ。

 このタイミングでの支配下登録は「実績がすべて」(三原)。有無を言わせぬ結果を残して、己の道を切り開いた。

 高卒同期の2人の投手、阪口皓亮櫻井周斗も祝福の言葉をかけてくれた。

 今年、早々に一軍デビューを果たした2人の背中を、中川虎は遠いところから見てきた。若者らしいまっすぐな言葉が口から漏れる。

「負けたくないって気持ちがすごく強かった。一軍の先発の枠は6つ。確定しているところを除くと、残り2つか1つの枠をファームのピッチャーで争う。だから特に、先発をやっているグッチ(阪口)には負けたくない気持ちがあります。一軍に上がった時も、がんばれって思いながら、素直に応援できないところもありました」

 一軍の試合に出られない縛りは解けて、これからは同じ舞台で戦う。

 ファーム投手コーチ、大家友和の言葉に中川虎は強いまなざしでうなずく。

「おめでとう。ここからだな」


不完全燃焼だった高校時代。


 中学生の時に一度、野球から離れた。箕島高に進学し、志願して投手として再出発した。2年の秋ごろ、スカウトが見ていると知らされ、プロへの意識は芽ばえ始める。冬を越え、スピードガンで150kmを計測した時には、「行けるんじゃないか」。夢は膨らんだ。

 だが、大きな石につまずいた。

 3年春の和歌山県大会1回戦。那賀高戦に先発した中川虎は、先頭打者に初球をホームランされ、「そこからずるずると」失点を重ねた。コールド負けという無念の結果は、右腕をさらなる成長に駆り立てた。

 キャッチボールから意識を高くして臨んだ。投球時、足を上げた時のぐらつきはないか。チェックポイントを一つひとつ確かめ、改善していく。

 成果はあったと自分では思う。フォアボールが減り、大量失点するようなこともなくなった。しかし、最後の夏の大会で与えられた背番号は「1」ではなく「10」。甲子園に手が届かぬまま夏を終えた中川虎の心は、赤い炎をあげることはついになかった。

「1番を着けていた選手に、実力的には負けてないって自信がありました。夏の大会は先発で投げることはなくて、ピンチの時に(マウンドに)行く。負けてしまったけど、負けた気があまりしませんでした」

 ドラフト会議の日、中川虎は育成選手としてその名を読みあげられた。指名があるかどうかさえ確信はなかったから、育成であれ指名された瞬間に入団の決意は固まった。

「将来的には、セットアッパーや抑えをやりたい」

 中川虎は、そんな希望を抱きつつ、ベイスターズの一員になった。

「次の球を生かす球を投げてくれ」


 入団してきたばかりの中川虎を、大家はこう思い返す。

「力、馬力があるなという印象。だけど、これをどうまとめていくのか。まとめたらどうなっていくのかな、と。少なくとも、このまますぐに活躍できるというイメージはなかなかできなかった」

 粗削りという表現がぴたりと当てはまる中川虎に、大家をはじめとするファームのコーチングスタッフはまず語りかけた。大家は言う。

「3ケタの背番号で、そこから支配下になるという強い意思がありましたので、『ちゃんとやらなきゃいけないよ』という話をしました。トレーニングも、野球の反省においても習慣化が大事だよ、と。吸収する意欲、学ぶ意欲はものすごく持ってくれている。そういう話をしたのは最初だけで、あとはスムーズに取り組むことができました」


 中川虎は入団直後の自身を「ただ投げていただけ」と振り返るが、コーチやトレーナーらの導きとそれに応える向学心で、少しずつ、少しずつステップアップしていく。

 大家には、データの見方を教わった。ファームの試合では、対戦する打者の打率がスコアボードに表示されないことがほとんど。だから「しっかり覚えてからマウンドに上がれ」と諭された。

 中川虎は言う。

「たとえば、このバッターの打率があまり高くないとわかっていれば、ランナーが溜まった時に、ボール、ボールと入るのではなく、ストライク、ストライクで攻めていける。そこでしっかりアウトを取っていこうと教えてもらいました。川村(丈夫)さんに教えてもらったことの一つは、下半身の使い方。やって覚えさせるという感じで、ネットスローにずっと毎日付き合ってくれました」

 野球への理解を深める過程では、戸柱恭孝との出会いも大きかった。2018年シーズンの後半をファームで過ごした戸柱とバッテリーを組む機会が多く、意見交換は活発に行われた。

「戸柱さんには、『次の球を生かす球を投げてくれ』と。『1球1球に意図があるから、その意図を理解して投げてくれ』と言っていただいた。野球への考え方が深まって(1年目のシーズンは)成長できた1年だったなと思います」

カットボールは「一軍への準備」。


 大家には、中川虎の成長を感じ取った印象的な試合があるという。

 2018年9月5日、鎌ヶ谷でのファイターズ戦だ。記憶に鮮明なのは理由がある。

 1年目のシーズン、前半戦は中継ぎで起用されることの多かった中川虎は、後半戦に入るころから先発として登板する機会が増えていった。大家は言う。

「(中継ぎで投げたいという)本人の希望は聞いていました。ただ、高卒のピッチャーで年齢もまだ若い。可能性がどこにあるかを見出していくのもぼくらの仕事の一つだと思ってますので、先発にチャレンジして、いろんな経験を積んでほしかった」

 先発への挑戦はチームとしての方針であると同時に、大家自身の希望も込められていた。

 だが先発の中川虎は、試合開始早々に失点を重ね、短いイニングでマウンドを降りる試合が多かった。8月29日のファイターズ戦ではヒット2本と4四死球で3点を失い、初回に降板。ファーム監督、万永貴司のつぶやきが大家の耳に入る。

「あんな調子だったら、早い回で代えてあげなきゃいけないかな……」

 投手コーチの心臓が、ぎゅっと握りしめられた。なんとかしてこのチャンスをものにしてほしい、そうさせてやりたいと強く思った。

 9月5日のファイターズ戦は、そうした流れを受けての一戦だったのだ。大家はベンチからマウンドに視線をやりながら、「今日こそはいいピッチングをしてくれよ。長いイニングを投げてくれよ」と念を送った。

 中川虎は、5回を1失点で投げきった。奪った三振は7つを数えた一方で、与四球は1つだけ。大家は安堵した。

「あの日、いいピッチングができて、彼の中ではターニングポイントになったんじゃないかと思う。それまでの取り組みがしっくりきて、あの試合以降は、10月のフェニックスリーグ、そして今シーズンも開幕から、本当にいい成績を残せてますので。あの日を境にガラッと変わったなという印象があります」

 今年5月ころから、中川虎は大家直伝のカットボール習得に本格的に取り組み始めた。中川虎は、その手ごたえをこう語る。

「空振りが取れるし、ゲッツーがほしい場面でゴロを打たせることもできる。そういう球を持っていなかったので、すごく幅が広がりました」

 大家は、カットボール伝授の狙いを明確に説明する。

「はっきり言って、一軍への準備です。一軍のバッターと戦うためには、ちょっと足りないところがあるとぼくは思っていた。一軍で投げるイメージを持ちながら、時間をかけて準備を進めていこう、と。もちろん、そのチャンスがいつ来るのかは誰にもわからなかったんですけど――」

初登板は「印象がすごく大事」。


 フレッシュオールスター明けの2019年7月14日、中川虎は支配下登録に移行した。「104」だった背番号は、2ケタの「93」に。「ファームでしっかり結果を残し手応えは感じていました」とのコメントは、謙虚さの中にもみなぎる自信を感じさせた。

 ここからの日々はめまぐるしい。

 同26日には一軍に帯同し、28日に昇格。同日のドラゴンズ戦でプロ初登板することが決まり、大きなチャンスが目の前にやってきた。


 デビュー前日、大家は胸の内をこう明かしていた。
「楽しみも、緊張もありますね。今年は阪口も櫻井も一軍で登板してくれて、非常に喜ばしいし、うれしい。明日、彼の登板時間はファームのゲームと重なってますけど、やっぱり気にはなります。どんなピッチングをして、どんな結果を出してくれるのか、ぼくだけじゃなくて、ファームのスタッフみんなが楽しみにしていますよ。とはいえ、いちばんそわそわするのは、ぼくでしょうけど(笑)」

 ナゴヤドームのマウンドに上がる当人は、何をなすべきか、しっかりと理解していた。中川虎は言った。

「初登板で、印象がすごく大事だと思うんです。ダメだったとしても、いいものを見せれたら、もう一度チャンスはあるんじゃないかなって。もう一度チャンスをもらうために、ピッチングをしていきたい。攻めてフォアボールだったら自分はまだいい。逃げてフォアボールっていうのがいちばんダメだし、(監督・コーチが)見てても『あかんな』っていうふうになるので。強気で攻めて、そこに技術がついてきたら、こいつ抑えるんじゃないかって。そういうふうに期待できるピッチングをしたいと思ってます」

ピッチャーが、楽しい。



 7月28日、ドラゴンズ戦の1回裏。投球練習をしている時から、中川虎はにこやかだった。

 高校で自ら志願して投手を始めた理由が、その姿につながる。「どうしてピッチャーを」との問いに、中川虎はこう答えていた。

「小学校の時、キャッチャーでしたけど、まれにピッチャーで投げさせてもらうこともあって。その時から楽しいって思ってました。ゲームをつくるも、つぶすも、ピッチャー次第じゃないですか。すごい責任感があるところで投げられるのがすごい楽しくて。だから高校では、ピッチャーをやらせてもらったんです」

 プロの、一軍の、公式戦のマウンドに立つ。万単位のファンが見つめる先の、重い1勝を懸けた戦い。それだけの重圧を背に投げられることが、中川虎にとっては喜びだったのだろう。

 さすがに緊張もあって、大島洋平には四球を与えた。その走者を、盗塁、内野安打、犠牲フライで生還させた。

 2回にも連打を浴びて一三塁のピンチを招いたが、次打者のバントで本塁突入を図った三塁走者の京田陽太を、巧みなグラブトスでアウトにした。

 2回44球を投げて、1失点。

 3回表の打席に立ち、裏のマウンドには向かわなかった。中川虎のプロ初登板は、ここで終わり。よく踏ん張ってはいたが、続投すれば、さらなる失点の可能性が高いとベンチに判断された。

「全体的なレベルアップが必要だと感じましたが、ランナーを背負った場面での投球が、特に課題だと感じました」

 コメントの向こうに笑顔は透かし見えない。

 見る者に強い印象を残すことができた、とは言えないかもしれない。

 ただ、あの楽しげな表情を忘れない限り、中川虎は、また一軍のマウンドに帰ってくるだろう。

「我が強い」と自己分析する19歳。こんな浅い爪痕では、満足しない。



『FOR REAL - in progress -』バックナンバー
https://www.baystars.co.jp/column/forreal/

中川虎大 選手名鑑
https://www.baystars.co.jp/players/detail/1700067

写真=横浜DeNAベイスターズ

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