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地方大会決勝で敗れて甲子園に出られなかった名選手たちは?

 

今年のドラフトで注目されている佐々木朗希を擁する大船渡高が、7月25日に行われた岩手大会決勝戦で敗退。佐々木が登板しなかったため物議を醸しているが、いずれにしても甲子園の大舞台での活躍が見られないのは残念なことだ。とはいえ、甲子園に出場しなくても大成している選手は数多くいる。今回は、佐々木と同じように地方大会決勝で敗れ、一度も甲子園に出られなかった名選手たちを紹介する。

今夏、自身は登板しなかったが岩手大会決勝で敗れた大船渡高の佐々木朗希


秋山幸二(八代高)

 西武、ダイエーで活躍し、引退後は監督としても大きな成功を収めた秋山幸二だが、春・夏ともに地方大会の決勝で敗退し、一度も甲子園の舞台に進めていない。3年時の夏の甲子園では、後にチームメートになる伊東勤を擁する熊本工高と対戦して敗れた。それでも高い能力がスカウトに注目されていたこともあり、その年にドラフト外で西武に入団している。

斎藤雅樹(川口高)

 平成初期の巨人投手陣の柱として活躍し、沢村賞を3度受賞するなど球界を代表するエースだった斎藤雅樹も甲子園に縁のなかった選手の一人だ。最も甲子園出場に近づいたのは埼玉大会決勝に進んだ1982年。熊谷高との対戦でエースとして好投するも、残念ながら1対3で敗れて甲子園出場は果たせなかった。ちなみに、このときの斎藤は4連投目だった。

稲葉篤紀(中京高)

 ヤクルト日本ハムで活躍し、2000安打も達成した稲葉篤紀だが、夏の県大会決勝まで進んだものの敗退し、甲子園には出場経験がない。中京高ではキャプテンとしてチームを牽引し、3年生のときに愛知大会の決勝に進出。甲子園まであと1勝というところだったが、イチローを擁する愛工大名電高に4対5で敗れてしまっている。

小笠原道大(暁星国際高)

 小笠原は暁星国際高3年夏に千葉大会決勝に進出。しかし、残念ながら対戦した成田高に力及ばずに敗退となり、甲子園出場は叶わなかった。この試合で小笠原は「五番・セカンド」で出場。一時はキャッチャーとしても守備に就くなど、当時はバッティングよりもユーティリティー性が重宝されていた。後に日本ハムの象徴として長く活躍し、FA移籍した巨人でもチームを牽引となるが、当時はまったく無名の選手だった。

三浦大輔(高田商高)

「ハマの番長」として25年間横浜一筋で活躍した三浦大輔は、高田商高3年生のときに2度の奈良大会決勝まで進んでいる。1991年の高田商高は、まず春の県大会決勝に進出。相手は強豪の天理高で残念ながら敗退となった。夏の県大会でも決勝に進出するが、再び天理高が立ちはだかり準優勝。春夏通じて準優勝に終わり、甲子園に出場できなかった。

 上で挙げた選手は球史に名前を残す名プレーヤーたちだが、残念ながら甲子園に出場することは叶わなかった。また、現役選手ではソフトバンク内川聖一や、西武の山川穂高多和田真三郎内海哲也が地方大会の決勝で敗れて甲子園出場を逃した選手だ。しかし、これらの選手がプロの世界で成功を収めていることを考えると、佐々木が地方大会決勝で敗退したこともそう悲観することではないのかもしれない。

文=中田ボンベ@dcp 写真=BBM

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週刊ベースボール編集部

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