週刊ベースボールONLINE

2019夏甲子園

[甲子園・記者コラム]昨夏悪夢を払拭できずも「楽しい甲子園」と胸を張った近江正捕手・有馬諒

 

日本中が注目する甲子園。現地で取材を行う記者が、その目で見て、肌で感じた熱戦の舞台裏を写真とともにお届けする。

記憶に染みつく敗北感


昨夏の甲子園8強・近江は初戦屈指の好カードと言われた東海大相模との2回戦で敗退。注目捕手・有馬(中央)は昨夏の雪辱を果たすことはできなかった(左は多賀監督、右は左腕・林。写真=牛島寿人)


 ふと、あのシーンが頭をよぎるという。

 昨夏の甲子園準々決勝。近江は勝利をつかみかけていた。2対1で迎えた9回裏無死満塁。金足農(秋田)にツーランスクイズを決められ、サヨナラ負けを喫した。二塁走者の本塁生還を阻止するため、近江の当時の2年生捕手・有馬諒はタッチを試みたものの、わずかに及ばなかった。

 球審の「セーフ」のコールを聞いた後、有馬は本塁付近で突っ伏して、しばらく立ち上がることができなかった。勝者と敗者の明暗があまりにもくっきりと分かれた光景。第100回記念大会、2018年夏を象徴とするシーンだったと言えるだろう。

 1年後、近江は滋賀大会を勝ち上がり、有馬は2年春、夏に続き自身3度目の甲子園を主将として迎えた。開会式後、有馬は一塁側室内練習場で決意を語っている。

「ここへ戻ってくると、あのシーンを思い出すんです。近江と言えば、周囲の方の記憶も、やはり、あのサヨナラの場面だと思います。この夏、印象を拭い去るためにも、昨夏を覆すような結果を残すしか道はない」

 近江は昨夏、初戦でV候補・智弁和歌山を下して勢いに乗ると、前橋育英(群馬)、常葉大菊川(静岡)を下して8強進出。同春のセンバツでも初戦突破を遂げて3回戦へ進出しているが、有馬の中では「勝ったイメージがない。負けたイメージしか……」。そこまで金足農を相手にした一戦における「敗北感」が記憶に染みついていたのだ。

「全国制覇」を狙った最後の夏の初戦(2回戦)は、東海大相模(神奈川)との屈指の好カード。有馬は試合前、自らの口で相手校のモットーである「アグレッシブベースボールに注意したい」を警戒していたが、厳しい現実を味わうことになる。

 左腕エース・林優樹(3年)は6安打に抑えながら、計6失策と東海大相模の足に翻弄され、1対6と見せ場を作れずに敗退。ディフェンスの要である有馬も2つの送球ミス。「林を助けたかったが……。未熟さが出た」。3度目の出場で、経験豊富かと思えば「これが甲子園か、と。これまでできたことができなかった……。何かが起こる場所」と、声を絞り出した。そして、こう続けた。

「あんなに一塁まで全力疾走するチームとの対戦は、経験をしたことがなかった。走塁の『圧』。スキがなかった。ギリギリの中でアウト、セーフという練習をやってきている。守る側にも準備不足があったと思います」

 苦い記憶を払拭することはできなかった。試合後、報道陣から過去3度の甲子園で最もインパクトに残っている試合について聞かれた。てっきり、昨夏の話題が再燃するのかと思えば、意外な返答となった。

「1試合、1試合が最高のゲーム。3年生として最後の甲子園を満喫。すべてを出し切り、最後は笑って終われたので、楽しい甲子園でした」

すっきりした表情で


 0対5で迎えた8回裏二死満塁。甲子園のファンも有馬の昨夏の“悲劇”をよく知っている。この場面で今大会初めて、ネット裏から内野席にかけての手拍手が自然発生した。

「昨夏の金足農もすごかったですが、それに勝るような大声援。結果は押し出し四球でしたけど、一番楽しい打席になりました」

 感情だけでなく、最後まで「主将・捕手」として、仲間への配慮も忘れなかった。

「林がいたからこそ、自分はこの場所(甲子園)に立っている。林がいたことで、自分自身も成長することができた。感謝したい」

 試合後のインタビューで「日本一のバッテリー」を誓った2人が、テレビカメラの前に立った。泣きじゃくる林の横で、有馬は気丈に振る舞った。普段の力を出す難しさを感じた甲子園7戦目。頭によぎる1年前の夏の悔しさを「全国制覇」という形で打ち消すことはできなかったが「楽しんでプレーできた」とすっきりとした表情で甲子園を去った。2019年夏、高校野球ファンの記憶に深く刻まれる球児の一人となったのは間違いない。

文◎岡本朋祐(週刊ベースボール編集部アマチュア野球班)
週刊ベースボール編集部

週刊ベースボール編集部

週刊ベースボール編集部が今注目の選手、出来事をお届け

関連情報

みんなのコメント

  • 新着順
  • いいね順

新着 野球コラム

アクセス数ランキング

注目数ランキング