プロ野球の歴史の中から、日付にこだわってその日に何があったのか紹介していく。今回は1989年8月12日だ。

　この日、ナゴヤ球場の中日ファンは静まり返っていた。巨人が3対0とリードして迎えた9回裏、先頭の中村武志が斎藤雅樹のスライダーに空振り三振。斎藤のノーヒットノーラン達成まで「あと2人」となったのだ。

　中日・星野仙一監督は、ここで音重鎮を代打に送った。この日、二軍から上がったばかり。だが、指揮官曰く「こういうムードでもケロッとしている」音は、初球を右前打。巨人史上10人目のはずだったノーヒットノーランの夢が、そこで断たれた。

　しかし、一番・彦野利勝が二飛に倒れて二死。スタンドがまた少しシュンとなった。二番・川又米利が歩き、三番・仁村徹。「落合（博満）さんにつなげば、何とかなる」。その気持ちが、右前タイムリーを生んだ。3対1と2点差に迫る。ようやくスタンドも息を吹き返し、期待にふくれ上がった。

　四番・落合への2球目。斎藤が投じた125球目のストレートは、斎藤の頭上をはるかに越え、サヨナラ逆転3ランとなってバックスクリーン右に突き刺さった。

　斎藤は打球の消えていった方向を見ながら、立ち尽くした。偉業達成目前からの悪夢。やがてマウンドから降りてきた斎藤に、藤田元司監督は「よく投げたね」とだけ声を掛けた。劇的勝利にボルテージの上がるなか、その声が届いたか。斎藤の目には涙が浮かんでいた。

写真＝BBM