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「決断」の一撃――柴田竜拓と中井大介、新たな旅立ち/FOR REAL - in progress -

 

優勝を目指して戦う横浜DeNAベイスターズ。その裏側では何が起こっているのか。“in progress”=“現在進行形”の名の通り、チームの真実の姿をリアルタイムで描く、もう一つの「FOR REAL」。


 くるぶしのあたりに感じる引き波はきつかった。

 オールスター明けから8月10日までを切り取れば、24戦17勝と、ベイスターズは上げ潮に乗ってきたのだ。いわゆる揺り戻しがいつか来るのは避けられなかった。

 8月12日、月曜日の神宮球場。2点リードの9回にクローザーの山崎康晃が2本塁打を浴びサヨナラ負け。翌13日は3回終了時点で5-1とリードしながらひっくり返され、14日は初回7失点と早々につまずいた。

 16日の対カープ3連戦の初戦も落として、3位に後退。連敗は「5」まで伸びた。

 だが、次戦の快勝で、線路のポイントが切り替わる音がした。

 初回、満塁のチャンスを逃さず3得点、2回は筒香嘉智の通算200号メモリアルアーチで追加点を挙げるなど攻撃が機能し、投げては石田健大戸柱恭孝バッテリーが6回無失点のゲームメイク。さらに翌日は今永昇太の140球完封と、J.ロペスのたった一振りのソロ一発による1-0の勝利で、カード勝ち越しを決めた。

 尻上がりに終えた週末、久々の長い連敗をすっかり過去のものにした。

「普段どおりがいちばん強い」


 100試合を超え「ここからが勝負」と意気込む時期の連敗は、はた目には痛く、そして重かった。だが、「チームは本当にいい雰囲気だった」と強がる様子もなく語るのは、柴田竜拓だ。

「常にみんな前向き。ヤス(山崎)さんが打たれたのも、ここまであれだけ抑えてくれていたわけですし、みんな割り切れていた。誰かのせいじゃなくて、それぞれができる最高の準備をしてゲームに挑むだけ。ゴウ(筒香)さんを中心に、本当にいい雰囲気でできています。これといって特別なことをしようっていうのは全然なかったですね。普段どおりでいることがいちばん強いと思うので」

 連敗を止めた8月17日のカープ戦で、柴田は今シーズン第2号の2ランを放った。試合後、グラウンドで筒香が通算200号の祝福を受けている間、ベンチの片隅には、プロ4年目を迎えた柴田の“通算6号”を祝うボードも用意されていた。

 チームスタッフの一人は言う。

「運営室にいたスタッフみんなで大急ぎでつくりました。このところ、いろんな節目の記録があったので、記念ボードを入れておくための段ボールがちょうど残っていたんです。柴田選手のご両親が観戦に来ているとも聞いていました。本人が活躍して、しかも勝ち試合。ヒーローにはなれなかったけど、何か目立てることをしてあげよう、と」

 とはいえ、お手製のボードをグラウンドまで持ち出すことにはためらいもあったというが、大和の声が後押しをした。

「こんなにいいお祝いはないから持っていきましょうよ」


 そうして柴田は、筒香を真ん中にした記念の集合写真に、そのボードを持って映ることになった。

 25歳は笑みをこぼす。

「恥ずかしいですけど、うれしかったです」

試行錯誤のすえに下した「決断」。


 今シーズンの打率は2割前後と、打撃はいまだ課題とされる。

 だが、途中出場の1打席でホームランを打った17日の時点で、8月の月間打率は.438(16打数7安打)に達していた。好調の理由について、柴田は言う。

「去年から、いろいろ悩みながらやってきて、最近になって決断できたことがあります。たまたまかもしれないけど、その決断をした試合から、迷いなく打席に立てている。いろんなことを追い求めるのではなく、割り切って、その打席に集中できています」

 柴田が「決断」という言葉を使った背景には、昨オフの自主トレを筒香と過ごしたことがある。その時に得られた学びについて、以前、こう語っていた。

「よりよい決断を自分自身でできるように。人任せじゃなく、自分でしっかり考えて決断をすることで責任も生まれてくる」

 いまようやく、決断の時は来たのだ。

 だが肝心の中身について、本人は決して明かそうとしない。口にした途端に効力を失ってしまう魔法の言葉であるかのように、自分の胸の内だけに秘めている。


 そこに至ったプロセスに迫ることはできる。

 柴田は今年5月末から、打席での構えをオープンスタンスに変更した。

「狙いの一つは、ボールの見え方がよくなること。あと、ぼくはどうしても(打席で)固まってしまう。ちゃんとしようとし過ぎて、形にはまり過ぎてしまうところがあるので、体を自由にするという意図があってああいう打ち方になりました」

 試行錯誤はなおも続いた。A.ラミレス監督の助言を受け、打席での立ち位置をわずかに投手寄りかつホームベース寄りに変えたのは後半戦が始まるころ。

「変化を恐れず挑戦できたことがよかった。きっかけの一つになった」と柴田は言う。

 構えの型を変えながら、追い求め続けたことがある。18.44m先にいる投手と向き合う時間と空間を、打者である己が支配することだ。

「(野球は)投手主導なんですけど、自分主導になるような動き。相手に入られないというか、ピッチャーがバッターに合ってしまった、というようなイメージです。そういう間合いをつくることができれば、絶対に差し込まれることはない」

 あの“通算6号”ホームランは、スピードもあるカープの左腕K.レグナルトのストレートを完璧に捉えた当たりだった。迷いのなさと、投手との間合い。おそらくは柴田が下した「決断」が打たせた一本だったのかもしれない。

 柴田は最後に、ヒントめいたものを明かす。

「いろんなことを試して、試して、遠回りもしてきたなかで“帰ってきた”と言ったらおかしいですけど……『あ、やっぱりそうだったのか』と。個人的には去年は何も残らなかったシーズンでしたが、この決断は今後につながってくる。一つの引き出しとして自分の中に残っていくと思います」

“守備の人”とは呼ばせない。


 宮崎敏郎が骨折によって離脱した翌日の試合で、サードの守備についたのは柴田だった。ところがスタメンはその1試合のみで、次の試合からは筒香をサードで起用する判断が下された。悔しさはじわりとこみあげた。

「宮崎さんの穴を埋めるとなると、守備だけではなく、得点力も必要になる。ぼくを入れるよりは、ゴウさんをサードにして、佐野(恵太)やニコ(乙坂智)を外野で使ったほうがいい。そういうふうに考えてのことだと思います。攻撃に関して、ぼくはそう(宮崎をカバーできると)思われてないんだなというのは感じました。そう思わせているのは自分なんですけど……」

 一方で、サードに筒香が入ったことで、内野の空気が変わったと柴田は感じる。

「守備からリズムをつくって攻撃につなげるってよく言われますけど、ゴウさんがいることで、そういういい雰囲気に乗っていけるような感じがするんです。ぼくだけかもしれないですけどね(笑)。なんか盛り上がるというか、佐野も『高校野球みたいでいいですね』って言ってました。それにゴウさん自身、内野のほうがより試合に入っていきやすいみたいです」

 柴田には、“守備の人”との表現がつきまとう。そのフレーズは本人の耳に、どう響くのだろう。


「打つほうではあまり期待されてないんだなって。自分で“守備の人”と言ってしまうと、本当にそうなってしまって、レギュラーには程遠くなってしまう。守備はできて当たり前にしていかないといけない。その中で、どう打撃を上げていけるか」

 すべてはそこにかかっている。

 紆余曲折を経てたどり着いた秘密の「決断」。その極意でヒットを量産し始めた時、“守備の人”のラベルをはぎ取り、新たなステージへと踏み出すことができるはずだ。

「中井さん」じゃなくて、「大さん」。


 宮崎の離脱の後、筒香のサードへのコンバートと伊藤裕季也の台頭で、内野のレギュラー争いはむしろ過熱してきた感がある。それは、セカンドとして今シーズン29試合に先発出場してきた中井大介にとっても、決して無関係なことではない。

 中井は言う。

「『おれが代わりに』なんて偉そうなことは言えませんけど、宮崎さんの離脱で自分に出番がまわってくるなら、少しでも力になれるようにベストを尽くすしかない。ゴウがサードをやり始めてから、何があってもいいように、外野の練習も取り組んでいます。やっぱり、複数のポジションを守れるという自分の特徴を評価して獲ってもらったので」

 昨シーズン、11年間在籍したジャイアンツから戦力外通告を受けた。

 2017年には自己最多となる90試合に出場、キャリアハイの5本塁打を放つなど、戦力としてたしかに認められていたはずだった。なればこそ、突如訪れた厳しい現実に「少し驚いたところはありました」。

 だが、刃の先は自身に向けた。

「(2018年に)結果を出せなかったことは間違いないですし、成績を残せていれば、そのまま球団に必要とされていたかもしれないですし……。そこは全部、自分の責任。自分以外の誰が悪いわけでもない」

 トライアウトを経て、ベイスターズから声がかかった。練習に加わり、新たな仲間とともに時間を過ごすなか、チームの空気の違いに驚くことも少なくなかったという。

「選手、スタッフさんの練習の時の服装など、ベイスターズの方がラフですよね(笑)。ジャイアンツは、チャックはいちばん上まで上げようとか、ボタンは全部留めようよとか、そういうことを大切にしている球団だったので、どっちがいいとか悪いではなく、すごく違いは感じましたね。でも、これがベイスターズのチームカラーなんだなって。見た目で野球やってないよという感じ。そういうメリハリのきいたチームだなって思います」

 入団時29歳は、チームでは年上の部類に入る。ジャイアンツではベテランの選手たちから声をかけてもらう立場だったが、ベイスターズに来てからの中井は、「プレー以外のところで少しでも力になれたら」と、若い選手たちに積極的に声をかけてきた。

「最近では、『中井さん』じゃなくて『大さん』とか、下の名前で呼んでくれる選手も増えてきたので、ちょっとうれしいですね」

 対話を重ね、試合を重ねるごとに、新たなチームの色に染まってきた。


「体、心、頭の準備がしやすい」


 シーズンも後半に入り、中井は対左投手の状況で起用される傾向が顕著になってきている。

 対右投手では打率.233(30打数7安打)に対し、対左投手では.263(80打数21安打)。3本塁打はすべて左投手からで、四球数も左投手から選んだもののほうが圧倒的に多い。

「正直、これまでそんなに意識したことはなかったんですけど、今シーズンは相手が左ピッチャーの場面で使ってもらうことがすごく多いので、体、心、頭の準備がしやすいですね。バッティング練習でも、左投げの打撃投手の方から打つ時にその日の感覚を確かめて、その良し悪しが自分のバロメーターになってきている。相手が左ピッチャーの時になんとか結果を出せるように、という考え方になってきています」

 キャンプから一貫して心がけているのは、「インパクトを強く」。

 甲子園で打った今シーズン第1号、そして横浜スタジアムでの古巣のジャイアンツ戦でスコアボードにぶち当てた推定140mの第3号と、センター方向に大きな飛球を打てていることに手ごたえを感じている。


「まだまだ確率は低いけど、そういう打球がゲームの中でしっかり打てていることは、練習でやってきたことがいい方向に行っている証拠なのかなと思っています。センター方向に強い打球を、というのはずっと意識してきたことなので」

 スタメン、あるいは代打として、新天地で与えられた自分の居場所をなんとか守り通してきた。5本塁打のキャリアハイ更新は決して不可能な数字には見えないが、本人は、己がなすべき仕事はそこではないと悟っている。

「自分はホームランを打つバッターじゃないですから。強い打球でしっかり『H』ランプを点けて、チームに貢献していきたい。今シーズンずっと一軍にいさせてもらって、自分が入った1年目にチームが優勝を争える位置で戦えていることは、すごくうれしい。ジャイアンツではバリバリ試合に出てたわけじゃないですけど、リーグ優勝を経験しているので、見てきたことを伝えるのも大事な役割だと思っています」

我々にできる、唯一のこと。


「ジャイアンツの時、どういう雰囲気でした?」

 昼食のテーブルを共にしながら、中井に対し、そんな質問をしてきたのは山崎だった。優勝争いという言葉が頻繁に飛び交うであろうこれからの季節、少しでも参考になればと、中井はこんな話をした。

「みんな特別なことはしていなかった。いままでの自分たちのやり方でその位置まで来たわけであって、優勝を意識していつもと違うことをする必要なんてない。だからこそ、みんな地に足をつけて、いつもと同じようにゲームに臨んでいた。そんなふうにぼくには見えたよ」

 それは、柴田が言った「普段どおりがいちばん強い」という言葉にも通じるところがある。

 奇しくも、5ゲーム差で先を行くのはジャイアンツだ。他球場の試合の結果を見るたびに、古巣の強さに思いを馳せる。

「一時は0.5ゲーム差まで行きましたけど、やっぱりジャイアンツは勝負どころでの勝ち方を知っているし、目に見えるものだけじゃない強さがあるなって、敵ながら感じます。ただ、直接対決も数多く残ってますし、前回はうちが3連勝している。向こうにも苦手意識があると思います。いい位置にいればプレッシャーを与えられるし、ぼくらは毎日の試合にベストを尽くして勝っていくだけだと思います」

 一戦必勝の積み重ねが、いま我々にできる唯一のことだ。食らいつき、離されないこと。本当の勝負のときは、もう目の前に迫ってきている。

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写真=横浜DeNAベイスターズ
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