日本中が注目する甲子園。現地で取材を行う記者が、その目で見て、肌で感じた熱戦の舞台裏を写真とともにお届けする。 勝負の厳しさを知っている
履正社の主将・野口は明石商との準決勝で2本のタイムリー(写真は9回)を放った。守っては2年生右腕・岩崎を好リードで勝利へ導いている(写真=牛島寿人)
貫録十分である。不気味なほど冷静だった。
初の夏決勝進出を決めた履正社の主将・
野口海音(3年)は明石商との準決勝後、インタビュールームのベンチに深く腰掛け、淡々とゲームを振り返った。
この日は左腕エース・
清水大成(3年)を起用せず、先発の2年生右腕・
岩崎峻典が2失点完投した。準々決勝から中3日で迎える決勝へ向けては好材料のはずだが、野口は「清水を温存できたことよりも、岩崎が投げ切ったことのほうがプラス」と、チームリーダーらしいコメントを残している。バットでは2本の適時打で3打点を挙げ「後輩が投げていたので、何としても援護したかった」と、はにかんだような笑顔を見せた。
なぜ、そこまで感情を表に出さないのか。3つの黒星を経験しているからだ。
聞くまでもなく、履正社は「日本一」を目指して戦っている。全国3730校の頂点まであと1勝も、浮かれているヒマはない。勝負の厳しさを、嫌というほど知っているからだ。
さかのぼること1年前。履正社は北大阪大会準決勝(対大阪桐蔭)で悲劇的な敗戦を喫した。9回二死まで4対3とリードを奪いながら逆転負け(4対6)。すでに正捕手だった野口は新チーム結成以降、1学年上の先輩の悔しさを片時も忘れずにきた。
「濱内(太陽、現筑波大)さんとは中学時代から同じチーム(松原ボーイズ)で、主将を引き継ぎ、濱内さんだけでなく、先輩たちの分まで頑張ろうと思いました」
2つ目は今春のセンバツ初戦敗退。星稜・
奥川恭伸の前に3安打完封と完敗した。「勝つ意識でいきましたが、全国の中ではまだまだレベルが低いと感じた」。甲子園で味わった屈辱を胸に練習に励んだものの、春の大阪大会は準々決勝敗退(対大商大高)した。もう、後がない。
「夏もやる相手に負けて、チームの雰囲気も良くなかった。でも3年生に『最後の夏。割り切って頑張っていこう』と言いました」
打倒・奥川――。
つまりは、全国レベルの投手を攻略するため、ピッチングマシンをマウンドの傾斜よりも前にして、練習を積んできた。甲子園では準決勝までに5試合で41得点と、霞ケ浦・
鈴木寛人、津田学園・
前佑囲斗、明石商・
中森俊介らの好投手を打ち崩してきた。
「春とは違う戦いができる」
履正社は準決勝第1試合を勝ち上がった。ゲーム終了の段階で、決勝の相手は決まっていなかったが、野口はすでに「星稜」を強く意識していた(星稜は第2試合で中京学院大中京に9対0で勝利)。
「やっと、その立場まできた。夏までにやってきた成果を出したい。自信をつけてきており、春とは違う戦いができる」と、このときばかりはやや語気を強めていた。
平成最後の昨夏は、大阪桐蔭が史上初となる2度目の春夏連覇。履正社にとって同じ大阪のライバル校としては当然、刺激になる存在だ。野口は言う。
「桐蔭、桐蔭と言われて、悔しさを持ってやってきた。何とか勝ち取りたい」
準決勝から中1日の休養日を置いて、8月22日はいよいよ決勝である。最高の球場、最高の相手と最高の勝負を繰り広げ、令和初代王者をつかむステージが整った。
文◎岡本朋祐(週刊ベースボール編集部アマチュア野球班)