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2019夏甲子園

[甲子園・記者コラム]監督不在の時期もあった星稜が決勝まで勝ち上がれた理由は?

 

日本中が注目する甲子園。現地で取材を行う記者が、その目で見て、肌で感じた熱戦の舞台裏を写真とともにお届けする。

山下総監督の息子が部長


24年ぶりに決勝進出した星稜は、北陸勢初の甲子園制覇を惜しくも逃した。山下智将部長は山下智茂名誉監督の長男。センバツ後、夏までの期間で、チームの危機を救った(写真=BBM)


 なぜ、星稜は24年ぶりとなる決勝の舞台に勝ち上がれたのか。

 あの2カ月、を乗り切ったからである。

 3季連続出場で優勝候補筆頭に挙がった今春のセンバツは、習志野(千葉)との2回戦で敗退。「サイン伝達疑惑」(星稜サイドが確認を取るも、審判員のジャッジにより、疑わしき行為はなかった)があった一戦である。すでに「最終判断」が下されていたのにもかかわらず、星稜・林和成監督が試合後の取材を終えると、相手校の控室へ直接、抗議。この行動が問題視され、学校側は一連の騒動を受け、林監督に4月上旬からの指導禁止の処分を言い渡した。北信越大会は閉幕まで約2カ月、指揮官はグラウンドから離れた。

 指揮官不在の間、チームを預かったのが山下智将部長だった。父は甲子園に春夏を通じて25回出場し、1995年夏の甲子園では準優勝へ導いた山下智茂総監督である。

 山下部長は星稜中3年時、全日本少年で優勝。高校進学に際して、父・山下監督は高校全日本で交流のあった上村恭生監督(故人)が率いる智弁学園(奈良)に預けるつもりでいた。しかし、山下部長は断固拒否。「生まれたときから自宅は(スクールカラーである)黄色一色でした。物心がついたときからオヤジは監督。星稜以外は考えられなかった」。

 しかし、この選択は「親子断絶」を意味した。山下部長も覚悟の上。しかし、関係者は明かす。「あの学年で一番、鉄拳制裁を受けたのは智将」。2年夏の甲子園には控えの内野手(背番号15)として出場。同秋の北信越大会1回戦で敗退し、センバツが事実上絶望となって以降は主将を任された。父・山下監督の下で、長男は「我慢」を覚えた。

 専大(準硬式)を経て、国士館大大学院と並行して、体育学部の科目等履修生として保健体育科の教員資格を取得。卒業後に星稜の経営母体である稲置学園に奉職し、5年間の事務職員を経て、2011年から母校野球部の副部長に就任。13年から林監督を支える部長(責任教師)となった。

父譲りの情熱で乗り切った2カ月


 話を今春に戻す。

 夏へ向けて再び、士気を高めていく4月。新1年生も入学してくる慌ただしい時期に、林監督がチームを離れていた。山下部長は「毎回、センバツ帰りは難しい」と語るが、今年は当然、状況が大きく違った。

 今だからこそ、話せる胸の内がある。

「批判も……。私も苦しかった……。チームもバラバラ。練習試合も勝てない。そこでもう一度、足元を見つめ直そうと言ったんです。常日頃のあいさつから、技術的な基本動作まで原点に戻りました」

 予期せぬ形で「親子二代での監督」となったわけであるが、そんなことを考えているヒマもない。部員の心のケア、そして、モチベーション維持に向き合った2カ月。チームの危機を、父譲りの「情熱」で救ったのである。

「生徒たちも(林監督が)戻ってくるのを待っていました。復帰してからはもう一段階、チームの結束力は高まったと思います」

 星稜は1995年夏以来、2度目の決勝進出。当時、中学2年生だった山下部長は全日本少年大会(横浜)に出場しており、甲子園で観戦できなかった。「当時のこと? 覚えていないです」と照れ隠ししたが、父に代わって全国制覇に挑戦する舞台に立った。

 履正社との決勝では3対5の惜敗。北陸勢初の夏制覇はならなかった。山下部長は試合中、三塁ベンチで立ちっぱなしで指示を送り、試合後は感情を押し殺し、最後まで責任教師としての職務をまっとうしていた。

 林監督は試合後「3年生の山瀬(慎之助、主将)を中心にいろいろな困難もあったが、最後はよくまとまってくれた。準優勝。称賛してあげたい」と労ったが当然、山下部長への感謝も含まれていたに違いない。

 かつて、山下部長はこんなことを語ったことがある。

「私は監督向きではないんです。総監督もそのことはよく、分かっていると思います」

 表に出るのではなく、あくまで裏役として部員たちをサポートする。毎朝、学校に出勤するのは一番。校訓でもある「誠実」を体現している。父と子で形は異なるが、星稜野球部の伝統をこれからも守っていく。

文◎岡本朋祐(週刊ベースボール編集部アマチュア野球班)
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