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FOR REAL - in progress -

この一球に全力を――2人の左腕、必勝の誓い/FOR REAL - in progress -

 

優勝を目指して戦う横浜DeNAベイスターズ。その裏側では何が起こっているのか。“in progress”=“現在進行形”の名の通り、チームの真実の姿をリアルタイムで描く、もう一つの「FOR REAL」。


 雷鳴の轟きとともに始まった一週間は、厳しい戦いの連続になった。

 木曜日は3回に6失点、金曜日は4回までに7失点、土曜日は3回までに7失点。打線の反撃も厚みに欠けた。プロ初先発の齋藤俊介が5回1失点と奮闘した日曜日の試合も落として、4連敗で週を終えた。

 振り返れば、水曜日のタイガース戦、延長戦のすえの勝利は貴重だ。

 キャプテン筒香嘉智のサヨナラ2ラン。滅多に見せない派手なガッツポーズ。放物線を描いた打球は横浜スタジアム右翼席のどこかに消えた。

 ベンチ脇のファウルグラウンドから、E.エスコバーはそれを見届けた。9回から登板、10回も三者凡退で相手打線を封じて、同点のままなら11回のマウンドに上るつもりだった。

 エスコバーは言う。
「『神様、ありがとう』と思って見ていたよ。接戦のタフな試合だったからね。チームが勝ってよかったし、自分としても、翌日の疲れが多少は減るんじゃないかなって」

「ぼくだって人間だから」


 9月4日、サヨナラ勝利によって5勝目を手にしたエスコバーの登板数は、リーグ最多の66試合に到達した。S.パットンが保持していた、外国人投手によるシーズン最多登板の球団記録(62試合)を大きく更新している。

「シーズンが始まる前、自分の中では70試合登板を目標に設定していたんだ。そこに向かって、オフの間も、シーズンに入ってからも、ずっと怠けることなく努力してきた。いい結果につながっているし、誇りに思う。残りの試合も一戦一戦、しっかりやっていきたい」


 エスコバーが日本球界左腕最速となる160kmをマークしたのは6月のことだった。以降もほとんどフル稼働で腕を振り、シーズンの終わりに近づいても球速は衰え知らず。本人が「努力」の一言でさらりと語ったその内実を、今永昇太が教えてくれた。

「もちろん、外国人ならではの体の強さという理由もあるとは思います。でも、エスコバーは試合のことばかりがフォーカスされがちですけど、練習態度が本当にすごい。雨の日でも絶対にポール間を走るし、トレーニングもきっちりする。野球に対しての真摯な姿が随所に見られるんです。そういう日々の取り組みが、ここまでケガをせずに、コンスタントに速い球を投げ続けられている理由だと思います」

 今永はさらに言う。
「正直、エスコバーのピッチングには本当に惚れ惚れする。バッターがまっすぐ一本で待っているところにまっすぐを投げ込んで、それでも打てない。ぼくもあんなピッチングができたらどれだけ楽なんだろう、と思いますね」

 2試合に1試合の登板ペースに、ファンは心配の声を挙げる。そんなにも投げて大丈夫なのか。疲れは溜まっていないのか――。

 エスコバーは微笑んだ。
「野球はぼくの人生だ。投げることも、プレーすることも大好きなんだ。たしかに疲れることはある。ぼくだって人間だからね。でも、ファンの力が、ぼくを支えてきたんだよ。自分にできるのは、残りの試合もチームに貢献すること。優勝をつかみ取って、ファンのみんなに恩返しがしたい」

何が男の原動力なのか。


 どこまでもタフな男だ。それは肉体だけでなく、心にも言える。

 石田健大が中継ぎに戻ってくる8月末までの間、ブルペンの左腕はしばらくエスコバー一人だけだった。だが、まるで意に介していなかったという。

「プレッシャーなんてまったく感じていなかった。相手が右バッターでも、左バッターでも、関係ない。どんなシチュエーションであれ、アウトを取ることに集中するだけ。石田が帰ってきてくれたいまも、やることに変わりはないよ」

 8月24日のジャイアンツ戦、延長に入ったところからエスコバーは東京ドームのマウンドに立った。2イニング目の11回、154kmの甘く入ったストレートを石川慎吾に捉えられた。サヨナラの2ランを浴び、ベネズエラ出身の左腕は敵軍の歓喜を背にグラウンドを後にした。

 だが本人は引きずらない。同じ母国を持つ指揮官がよく用いる言葉を口にした。

「打たれることも野球の一部さ。その1試合にフォーカスする必要なんてないし、タフなメンタルを持たなきゃいけない。今シーズン、66もの試合に登板してきたんだからね。与えられたイニング、マウンドに上がったその時その時に集中して、ボールを投げ込むだけだよ」

 翌25日にはジャイアンツ相手にホールドを記録。さらに27、28、29日と連投しては抑え続けた。

 時に打たれることはあっても、トータルで見たチームへの貢献度こそ重要だ。それを知っているから、エスコバーの心は折れない。

 それにしたって、リリーフのマウンドは鉄火場だ。連日そこに立ち続けるには、並々ならぬエネルギーが必要になる。野球への愛だけで説明はつくのか。何が男の原動力なのか。

 答えはシンプルだった。
「チームメイト。野球は自分だけのスポーツじゃない。チームメイトはぼくのことを信じてくれているし、ぼくもみんなのために戦う。チームメイトのために、勝ちたい。それがぼくのエナジーだ」

 エスコバーは、今シーズンの目標は70試合登板だと言った。だが過去には「60試合」と発言した記録もある。そのギャップを突かれ、27歳はまた微笑を浮かべる。

「ハングリー精神が何より大事なんだよ。ネバー・ストップ。夢だって、変わりゆく。ぼくも常に追いかけるんだ」

 思い描いたゴールがゴールではない。たどり着いた時、そこがまた新たなスタートになる。

 エスコバーはそうやって、どこまでも前に走り続ける。


ムチのしなりと、ロボットの腕。


 首位ジャイアンツとのゲーム差は4に開いた。明日9月10日からは横浜スタジアムでの直接対決3連戦が控えている。

 今永昇太は、そのカード頭のゲームに先発する。覚悟をにじませ、言った。

「自分がどういう状態であれ、絶対に勝たなきゃいけない試合。結果だけに集中したい」

 ここまで22試合に先発し、13勝5敗、防御率は2.38。複数の個人タイトルも狙える好成績を残してきた。

 支えになったのは、「戻れる場所」ができたこと。

今永は言う。
「『おれにはこれがあるから』というものがつくれている。シーズン中、それが消えることなく、いまここまで継続できている。そのこと自体が、ぼくとしてはすごく心強い」

 今永が「戻れる場所」と表現するのは、技術の結集だ。投球動作に入る直前の零コンマ何秒、理想のイメージは脳裏に浮かび、そこにリアルの肉体を重ねるように動き出す。

 昨オフから時間をかけて練り上げてきたその型は、開幕戦の登板で得た感覚によって補強された。キーワードは「関節」そして「骨」へと変遷する。

「簡単に言えば、再現性が高まったということです。肩からヒジ、手首、それに指と、いろんな関節がありますけど、『ここにはめればこういうボールが行くな』というイメージができるようになった。関節を意識することで、まったく力まなくてよくなったんです。もともと、しなりを使って投げるタイプですけど、しなりを意識すると逆にずれてしまう。そうではなく、もっと機械的に投げる感覚。それがはまった」

 ムチを使って、同じ一点を叩き続けることは難しい。しなりは強いエネルギーを生むが、制御には難点がある。

 ロボットの腕を使うと、どうなるか。同じ角度で振り出した時、その指先が同じ地点に来る確率は、ムチを使うよりも格段に向上する。

 そうして投げ続けてきた今シーズン、足跡として残る数字には、自身が驚く。

「ここまでうまくいくとは。ここまで、いろんなことを乗り越えられるとは、思っていなかった。乗り越えられて、自信につながってきた部分もある。それが、いまの数字に少しずつ表れ出しているんじゃないかと思います」

転機となった「不思議な試合」。


 意識は機械でも、現実には人間だ。心身の調子は日々移り変わる。

 今永の今シーズンの「底」は、後半戦が始まって間もないころだった。

(7月18日の)中日戦、5回5失点した試合あたりですね。『前の自分に戻っちゃいそうだな』という思いがありました。技術的には、力だけで投げてしまっていた。メンタル的には、今日はストライク入るかな、とか。ランナーを出したらどうしよう、とか。ダメな方向、ダメな方向に行きかけていた」


 次回登板は1週間後の7月25日、甲子園でのタイガース戦だった。2日前のゲームが延長12回引き分けとなるなど、ブルペン陣の登板過多がチーム内外で意識され始めていた。

 今永自身、その空気を強く感じ取っていた。今日こそは長いイニングを投げなければいけない。最低でも8回は投げなければ。そんな思いが頭を占め、「今年いちばん緊張した試合だった」。

 そのころ、つかんだはずの「骨で投げる」感覚は遠ざかりつつあった。フィジカル、テクニカルな状態は万全ではなく、その一方でメンタルには、重圧に姿を変えた責任感がのしかかっていた。空回りする典型的なパターン。実際、試合前のブルペンも、出来はまるでよくなかった。

 ところが、試合のマウンドに向かうまでの過程で、今永の思念はパチンと切り替わる。切り替えたというよりは、切り替わった。

試合前は『長いイニングを投げなきゃいけない』という気持ちだったものが、マウンドでは『いま自分ができることをやろう』に変わっていた。試行錯誤しながら、丁寧に投げているなあとは思いながら、気づいたら9回まで投げていて、失点もゼロで……。これまでの自分だったら、そんなふうに割り切れていなかったと思う。不思議な試合でした」

 終わってみれば、今シーズン2度目の完封で9勝目を挙げていた。

「あの甲子園で、もし打たれたりしていたら、ちょっとまずかったかもしれないですね。勝てたから10勝を乗り越えて、いまの数字がある。そう言えるような試合になったと思います。あの試合での考え方はすごくカギになる。自分のスキルにしていきたい」

 調子の波の「底」から、鮮やかに脱出してみせた瞬間だった。

ただ目の前の相手をなぎ倒す。


 ターニングポイントとなった試合を振り返り、気持ちを切り替えられた要因にふと思い当たる。

 今シーズンから選手たちも対象に行われている、中竹竜二氏による講義だ。ラグビーの指導者として知られる氏の言葉は新鮮で、発見も多い。

 シーズンのはじめにあった講義で聞いた内容が、今永の印象に強く残る。

“セルフA”と“セルフB”という考え方の話でした。“セルフA”は、過去や未来に左右されている人。“セルフB”は、いまだけを考えている人。スポーツ選手はこの切り替えが大事だよ、というお話をされていました」

 甲子園で完封した日、ブルペンにいた今永は“セルフA”だった。前までは骨で投げる感覚があったのに。こんな状態でマウンドに上がって、打たれたらどうしよう。過去と未来の狭間で、悶々としていた。

 だが、マウンドに立った今永は“セルフB”になっていた。いまの自分の状態、持てるスキルで、何ができるのか。それしか考えていなかった。だからこそ、目の前の打者、試合に没入し、気がつけば最終回のマウンドに立っていた。それは、いわゆる「ゾーンに入っていた」とも言い換えられる。

 課題にぶつかっては克服し成長してきた左腕を、そろそろエースと呼ぶべきではないか、との論調がある。

 当人の意識はどうか。26歳は、注意深くその言葉を避けながら、こう言った。

「もちろん、そう呼ばれたいし、そういう存在になりたいと、プロに入ってきた時から思ってきました。でも、ほかのチームを見渡した時、やっぱり1年だけじゃなくて、わかりやすい結果をずっと残してきた人たちが、そういうふうに呼ばれている。ぼくはまだまだ、その過程にいると思っています。勝った翌日の記事で、その文字を見ることもありますけど、ぼく自身は違和感があります。そう呼んでもらえるようになる時まで、ずっと自分を見つめ直してやっていけたらと思います。近道はないので」


 呼び名はともかく、今永は間違いなく、先発ローテーションの柱だ。

チームがリーグ優勝するには、自分が柱となり、少なくとも15勝、16勝しなきゃいけない

 2月の沖縄・宜野湾で、今永はそう宣言した。

 現在13勝で、残りは最も多くて4度の先発の機会がある。チームは2位にいて、21年ぶりの優勝に手が届くところにいる。

 今永は言った。
“セルフB”の自分というか、いまできるこの瞬間を大事にしていく。そして試合が終わって、勝ちましたっていう時に“セルフA”の自分に戻れればいい。試合をやっている間は何も意識せず、自分の全力投球をしたいなと思います

 連敗の過去を見ても仕方ない。優勝の未来を夢見ても、いますぐ手に入るわけではない。

 ただ目の前の相手をなぎ倒す。巨人の足をすくい上げる。

 その一点にすべてを懸けて、明日、背番号21は無心で横浜スタジアムのマウンドに立つ。

『FOR REAL - in progress -』バックナンバー
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一生残る、一瞬のために。
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写真=横浜DeNAベイスターズ
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