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FOR REAL - in progress -

1人しか立てないマウンドに。/FOR REAL - in progress -

 

優勝を目指して戦う横浜DeNAベイスターズ。その裏側では何が起こっているのか。“in progress”=“現在進行形”の名の通り、チームの真実の姿をリアルタイムで描く、もう一つの「FOR REAL」。


 辛くも逃げ切り。胴上げ阻止。横浜の意地。さあ奇跡へ。

 翌日の新聞記事に並びそうだった文言は、確定稿になる寸前に消えた。

 9月21日、優勝マジックを2としていたジャイアンツとの一戦は、ベイスターズが1点のリードを保ったまま9回まで進んでいた。マウンドには、今シーズンの最多セーブを確定させている山崎康晃がいた。

 2アウト走者なしから、重信慎之介に四球を与えた。盗塁を許し、若林晃弘にも四球を与えた。小林誠司にストレートを続け、その3球目をライト前に弾き返された。重信が本塁に生還し、同点に追いつかれた。

 土壇場から息を吹き返したジャイアンツは、延長10回、やはり連続四球でチャンスを得る。マウンドを託されていた三嶋一輝は、それでも得点を与えず2アウトまでこぎ着けた。だが、増田大輝への2球目、152kmのストレートをセンター前に弾き返された。

 勝ち越しに成功したジャイアンツが送り込んできたR.デラロサを、ベイスターズ打線は打ち崩すことができなかった。乙坂智梶谷隆幸が空振り三振に倒れ、代打として打席に入った楠本泰史も、最後は内角のスライダーにバットを空転させられた。

 左翼席から幾本ものオレンジ色のテープがグラウンドに投げ入れられた。三塁側のベンチからジャイアンツの選手たちが駆け出し、原辰徳監督を輪の中心に招き入れると、8度、胴上げをした。

 本拠地を、敵の歓喜の舞台とされた。微かにあった望みは完全に断たれた。

 いくら悔やんでも、それは現実として目の前で起こった。


打った瞬間、「入ったな」と。


 2日前、9月19日の横浜スタジアムも、試合の途中までは重い空気が漂っていた。

 2位の座を狙うカープとの最後の直接対決。今永昇太が先発投手を務めたが、5回途中7失点で降板した。

「元気がないぞ。声出していこう!」

 ベンチ前で組んだ円陣で、打撃コーチの坪井智哉は選手たちに発奮を促した。選手それぞれに大きな声を一つ吐き出し、ムードが変わった。

 6回裏、ヒットの宮崎敏郎、死球の筒香嘉智を塁に置いて、N.ソトが打席に入る。「完璧に仕留めることができた」と振り返る一振りは、41号3ラン。さらに嶺井博希大和の連打と、中井大介の四球で満塁のチャンスが訪れる。青い波が起きる。

「きっかけが一つあると乗っていくチーム。それがソトのホームランだった」

 梶谷は言う。

 スタメンでない日、試合が始まると早いイニングの段階で体をつくる。展開次第では、急きょ代打を伝えられる可能性があるからだ。準備不足のまま打席に入り、投手の球に差し込まれるという過去の経験も教訓とした。

 このカープ戦の6回裏、投手の打順で代打を予定されていたのは梶谷ではなかったという。先発の床田寛樹が降板、右腕の九里亜蓮に代わったこともあって、梶谷が指名を受ける。準備はできていた。

「満塁×代打」のシチュエーションが、苦い記憶を呼び起こす。9月11日、12日のジャイアンツ戦で、同じ状況が2日連続であった。2度とも鍵谷陽平との対戦で、いずれも凡退していた。

 打席に足を踏み入れつつ、気持ちは綱引きをしていた。

「満塁で打てていなかったので、『今度こそは』と。ただ、これまで代打で出た時のことを思い返しながら、『気持ちばっかりが盛り上がってても打てないな』とも感じていた。対ピッチャー、要は九里をどうやって打つかということだけを冷静に考えられていた」

 目付けは外。カウント2ボール1ストライクとなって投じられたカーブは、「想定外でした」。ただ、狙いはせずとも体が動いた。

「内め、真ん中寄りのカーブには反応できるタイプなので。カーブの種類にもよりますけど、(九里のカーブは)嫌いじゃない。打った瞬間、入ったな、と」


満塁弾につながった、ソトの助言。


 1点を勝ち越された8回には、またも同点に追いつくタイムリーを放った。G.フランスアの初球を思いきり引っ張った。

 これもやはり、過去を礎とした打席だった。8月31日と9月1日、マツダスタジアムで2度の対戦があり、いずれも凡退していた。

「ここは振っちゃダメ。ここをチョイスしたほうがいい。そういうことは、その2打席でなんとなくわかっていました。そこ(チョイスすべきボール)に来たのを一発で捉えられたって感じですね」

 5打点を生んだ2度のスイングは、振り切ったあたりで左手を離し、右手一本のフォロースルーになった。3年ほども前から追い求めてきた形を、ようやく体現できるようになってきた。


 きっかけは極めてシンプルだ。梶谷は頬にしわを寄せて言う。

「6、7年ぐらい前からメジャーに興味を持ちだして。行きたいとかじゃなくて、小学生にとってのプロ野球のような感覚、憧れですね。それで、メジャーの選手が最後に片手を離すのがカッコいいなあって思ったんです。やっぱり、カッコいいに越したことはないじゃないですか」

 ロングティーなど、強い打球を遠くに飛ばす練習では、たいていの選手が最後は片手のスイングになる。カッコいいだけではなく、理にもかなっているはず。そう考えて取り組んではきたものの、両手でしっかり振るという長年の習慣はなかなか抜けなかった。

 ところが今年、1週間ほど左手を痛めた時期があった。「痛いから左手を離さざるを得ない」。このころを境にして、いまの形ができあがった。

 代打満塁ホームランを放つ試合の前、梶谷はグラウンドでの打撃練習を終えると、さらに打ち込みをしようと室内練習場に向かった。

 すると、そこにソトがいた。

 梶谷は、自身のバッティングの向上のためなら、誰に意見を求めることもためらわない。佐野恵太のような年下の選手の声にも、J.ロペスのような外国人選手の声にも耳を傾ける。

 ソトの姿を見つけるなり、梶谷は聞いた。何か気づくことはないか、と。

 ソトは言った。
「いまのカジはトップがちょっと浅くなっている。もうちょっと深く取ったほうがいいよ」

 梶谷自身、それは意識していたことではあった。ただ、試合になれば投手のことが頭を占め、打撃フォームのチェックポイントは忘れ去られがちだ。

 ソトに言われて、梶谷は思う。
「そうだよな。やっぱり、そこって大事だよな」
 
 満塁ホームランへの伏線が、ここにあった。
 
 助言を送ったソト自身、この試合で爆発した。反撃の狼煙となった3ランに加え、延長11回にはサヨナラ3ラン。2年連続ホームランキングを射程に捉えたカリビアンのスイングに、梶谷も驚くばかりだ。

「いやあ、わからない。外めのフォークを手だけで打って(スタンドに)入るっていうのは……ちょっとおかしいよなっていうか、すごい。ソト様です」

押して、押して、変化球。


 サヨナラのチャンスはその前にもあった。延長10回1アウト一、二塁。一打で勝負が決するチャンスの到来に、横浜スタジアムは盛り上がっていた。

 だが、ブルペンの三嶋一輝だけは、そちらの世界に目もくれなかった。同点のままなら11回のマウンドに立つ。そのための準備に集中していた。


 今シーズン、ホームでの延長戦で登板するのは初めてだ。9回、10回と2イニングを投げ終えたクローザーの山崎から、バトンを託された。

「テンポよく3人で抑えればチャンスが来る」

 石田健大から渡されたコップの水を口にふくみ、三嶋はマウンドへ向かった。

 先頭の曽根海成は、ストレート2球で退けた。

 塁に出すとうるさい俊足の西川龍馬への2球目には、習得して間もないフォークを投げた。三嶋は言う。

「嶺井がよくサインを出してくれましたよね。普段と違う攻め方をしたかったんだと思う。新しい球は、余裕がある時に投げるより、こういう(緊迫した)時に投げて、抑えられたということが後々プラスにもなる。外めのフォークは頭になかったからこそ、引っかけてのセカンドゴロ。2球でアウトが取れたのはすごく大きかった」

 2アウトを取って、三嶋はギアを上げる。菊池涼介を打席に迎え、三振を取りにいった。

 設計図はシンプルだ。まっすぐで押して、押して、決め球は変化球。その2つ目の押しが、156kmを計測した。三嶋にとってキャリア最速の数字だった。

「(マウンドで)表示は見ました。力を入れて投げたボール。スピードガンと戦っているわけじゃないけど、数字として過去最高のものが出たことはうれしく思いますし、気持ち次第でそういう球速が出るってことは、体はまだ疲れてないのかなって、前向きな気持ちになれました」

 ファウルで追い込み、ラストボールはプロ入り以来磨きをかけてきた、鋭く曲がり落ちるスライダーで空振り。狙いどおり、1回を7球で片づけたピッチングが、裏の攻撃に勢いをもたらした。

 この日の登板で、今シーズンは68試合目。疲労が溜まる後半戦に、あえてトレーニングを増やしているともいう。なぜかと問われ、三嶋は言った。

「もちろん休みたい気持ちはありますけど、休んで悪くなったら後悔する」

 小難しく書けば、無為への恐怖なのかもしれない。

 一軍で役割を与えられ、それをまっとうするために努力できる立場にいる。であるならば、できることをする。無為の日々を過ごすしかなかった過去が、現在の三嶋に無為を許さない。

2014年の開幕戦。


 2013年に入団し、7年目になる。

 最も強く記憶に刻み込まれているのは、2年目の2014年、自身が開幕投手を務めた試合だ。先発ローテの一角を担ってルーキーイヤーを乗り切り、さらなる飛躍を期したシーズン。そのファーストイニングで、三嶋は7点を失った。2回9失点でマウンドを降りてからのことは「あまり覚えていない」という。

「何だろう、ショックを通り過ぎてショックだった。打たれたことは鮮明に覚えてます。ボコボコにされて、ボロボロになって……裏方さんたちも含めて、みんなの期待や気持ちを裏切った気がして。球場に来るのも、人に会うだけでもつらかった。そのぐらい開幕投手という役割は重いんだって、ぼくは2年目でしたけど、いっちょ前に感じてましたね」

 以降、三嶋が一軍の舞台で輝きを放った時間は決して長くない。

 ファームに身を置き、活路を探った日々を、こう振り返る。
「いま、たしかにしんどいですよ。ずっと抑える人はいませんから、打たれた日なんか本当にイヤで、つらいです。だけど、たとえば3年前、4年前の自分はこの時期に何をしてたかって。自分の力がなかなか出なくて、バッターと勝負できてない。そんな自分がいる時のほうがもっとつらかったし、そういう思いは二度としたくない」

 2014年9月26日、ジャイアンツが横浜スタジアムでリーグ優勝を決めたことを、三嶋はまったく覚えていなかった。

「何してたんだろ、おれ……。ファームで投げていたんでしょうけど、まあ言ってみれば、その程度の一日しか過ごしてなかったってことですね」

 一軍はそれほど遠くにあり、当時は自分の身を案じることで精いっぱいだった。

 そのころ、顔を合わせたチームスタッフの一人に、冗談めかしてこう言われた。

「おい、大丈夫かよ。(寮を)脱走しそうな顔をしてるぞ」

 このままで終わるつもりはなかった。開幕投手でボコボコに打たれた三嶋一輝で終わるのか、その経験を笑って振り返られる投手になるのか。後者でありたいとの思いは断ち切ることなく持ち続けた。

 そして昨シーズン、中継ぎとして開花した。スピンの利いたストレート。ブレーキの利いたスライダー。いわゆる便利屋を任され、60試合に登板した。

 今シーズンも、厳しい局面でマウンドに送り込まれ、少なくない試合で打たれた。防御率は4点台だ。「何回も崩れそうになった」。それでも、胸を張って次の日のマウンドに向かえるのは、「したくてもできなかった過去」に比べれば、こんなに幸せな場所はないと思えるからだ。

「投げられないほうがつらい」


 5年が経ち、三嶋はどん底から這い上がってきた。

 劇的な逆転勝利の翌日、9月20日のジャイアンツ戦では2点を失った。走者を背負い、ピンチの場面で、もう一人の自分の声を三嶋は聞いた。

「おれ、こんな時にマウンドに立ってんだな」

 劣勢とはいえ、1位と2位の直接対決。ペナントレースは残り数試合。やるか、やられるかの真剣勝負。たった1人しか立てないマウンドに、自分が立っている――。

 三嶋は打たれた。
 さらに翌日の9月21日も三嶋は打たれた。ジャイアンツのリーグ優勝をその眼前で決められた。


 左からは、立て続けに結果を残せなかった右腕への厳しい声が迫ってくる。右からは、今シーズン70試合も投げてきたことの貢献度を評価する声が聞こえる。

 その喧噪のさなかを、またマウンドに向かう。求められる限り、拒むことはありえない。

 心身の疲労。来シーズンへの懸念。心配し始めればキリがない。

 それでも、三嶋は言う。
「投げられないほうがつらいですよ」

 リベンジのチャンスはある。

 いまだ確定しない順位争い。そしてCS、日本シリーズへ。大切なのは、シーズンの終わりにどんな姿を見せられるかだ。

 背番号17の心は、最後の一球まで緩まない。

『FOR REAL - in progress -』バックナンバー
https://www.baystars.co.jp/column/forreal/

一生残る、一瞬のために。
https://www.baystars.co.jp/forthemoment/

写真=横浜DeNAベイスターズ
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