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【ドラフト候補】異色の左腕・松田亘哲(名古屋大)のプロ入り“学習計画”

 

黒縁メガネがトレードマークの秀才左腕だ


 異色の経歴が話題だ。“旧帝大”の名門・名古屋大学に、ドラフト候補左腕がいる。しかも、硬式野球を始めたのは大学からという変わり種。高校時代はバレーボール部で、中学時代(軟式)は投手だったが3、4番手の位置づけだったという。この秋、最速148キロ左腕・松田亘哲(4年・江南高)を目当てに、愛知大学三部リーグの試合にはNPBスカウト17人が集結。この4年間で周囲も驚く成長曲線を描いてきた。

 中学までで一度、野球はあきらめた。体が小さく、松田自身も「中学時代の自分の実力も考えて、硬球はもう厳しいのかなと、野球に対する熱が少し冷めてしまった」と高校では友人に誘われ、バレーボール部に入部。しかし、「高校3年の受験期の、11月くらいにプロ野球を見ていて、野球をやりたいと思った」のがきっかけで、白球への想いが再燃。もともと名古屋大への進学を志望していたというが、そのおかげで再び野球と巡り合うことができた。松田も「(野球の)強い大学に行っていたら、野球部に入れなかったと思う。名古屋大学に入れたことで野球を続けられた」と笑う。

 現在は81キロの松田だが、名古屋大・服部匠監督が当時の松田を「細くて、黒縁眼鏡で、ニコニコしていて、大丈夫かなと思った」と回顧するように、入部時の体重は62キロ。入部してまず取り組んだのが体づくりだった。外部のトレーナーに相談しながら、食トレとウエート・トレーニング。そんな努力が徐々に実を結び、そんな1年生の冬には球速は140キロを計測するまでに。硬式球を握って1年足らずでの急成長に、松田自身も「もっとやればもっとできるんじゃないかと、自分を信じてみたくなった」と、大学卒業後も野球を続けたいと夢を持ち始めた。

 リーグ戦デビューは1年の秋(二部リーグ)。中学3年生以来の公式戦で、ブランクは隠せなかった。「無理だなとは思ったんですけど……。案の定2人に投げて1安打1四球でノックアウト」(服部監督)と、ホロ苦い復帰戦となった。それ以降のリーグ戦でも制球が定まらないなど、安定感に欠けた。だが、松田の「野球を続けたい」という強い思いはブレなかった。社会人チームの練習に参加するなど、研鑽を積みながら技術を磨いた。それでも、「4年の7月までは、スカウトに見てもらうような感じではなかったですね。4年生の春先にこちらからお願いして、数球団見てもらった」(服部監督)。

 なかなか結果が出ず、苦しんでいた4年の夏。松田は変化球のバリエーションを増やすことを決意。もともとカーブとスライダーしか投げていなかったが、現在の持ち球はカットボール、スライダー、カーブ、チェンジアップ、ツーシームと多彩。「もともと投げていたスライダーをカットボールのように変化するように変えました。スライダーの握りをストレートに近づけると、球が速くなって変化が小さくなる。そこに新しくスライダーを覚えた……というより、その新スライダーも、もともとカーブだったものをパワーカーブにしたイメージです。カーブは抜くんですが、リリースをストレートのようにすると速くなって、曲がりが大きくなる」と、すべて自己流。試行錯誤を重ねて編み出した。

 球速も150キロに迫るようになり、新たな投球スタイルを確立したその夏のオープン戦。NPBスカウトが視察に来ていた中で、春から劇的に成長した姿を披露。「愛知の三部リーグに、いい左腕がいる」……名古屋大・松田のウワサはみるみるうちに広まった。秋のリーグ戦では開幕週から連日、プロ関係者が詰めかけた。最多で7球団17人が集まったこともあるという。

 松田の急成長の秘訣は、自主性にある。名古屋大の練習メニューは原則、選手に一任されている。個人が各々の課題と向き合うのだ。「気を付けているのは、週単位で練習を組み立てることです」と、まさに“学習計画”のように取り組む。「週3でトレーニングするから今日はこれをやろうとか、小さい目標を立てて1つずつクリアしていきます」と、努力の仕方は勉強と共通点があるという。「『ゴールがここにあるから、今はそこに向かってこうしよう』というのは、勉強もたぶん同じですよね。一日一日をがむしゃらにやっても、何をやっているのか見えなくなって迷走する。いま自分がどこにいて、どのくらい進んでいるのかっていうのは、プランがあってこそだと思います。野球でも勉強でも、自分の現状を把握するのが大事」。

 10月19日に三部優勝決定戦のプレーオフを控えるが、松田はこの秋のリーグ戦を、4試合に投げ、30回2/3を43奪三振、防御率0.29という圧倒的な成績で終えた。9月1日にプロ志望届を提出。「とにかく上で野球をやりたい。育成でも独立でも。野球ができればどこでもいい」と、就職活動はせずに退路を断つ覚悟でいるのも「野球が好きだから」といういたってシンプルな理由だ。「それに今、上で野球を続けられる道が開けそうで。ここで挑戦しないと後悔するだろうな、と」と言って一度はあきらめた野球に、今度はとことんチャレンジする。

 名古屋大の“ドラフト候補”といえば、大学4年時に大学ジャパン候補にもなった、七原優介投手の記憶が新しい。プロ志望届を提出せずに2015年、トヨタ自動車に進んだが、故障もあってプロ入りはならず、2017年限りで現役を引退した。服部監督は「投げる力は、(松田よりも)七原のほうが断然上。七原もケガさえなければ……。やっぱり、プロは“旬”のときに行かないと」と話す。服部監督も松田自身も、その“タイミング”が今だと感じているようだ。

 松田に関して“異色の経歴を持つ秀才左腕”という話題性ばかりが先行しているようにも思える。だが、クセのないフォームで指にかかった質の良いボールを投げる、正真正銘のドラフト候補だ。1週間後に控えた“運命の日”を、静かに待っている。

取材・文=依田真衣子 写真=宮原和也
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