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FOR REAL - in progress -

冷たい雨が舞い落ちた夜。/FOR REAL - in progress -

 

優勝を目指して戦う横浜DeNAベイスターズ。その裏側では何が起こっているのか。“in progress”=“現在進行形”の名の通り、チームの真実の姿をリアルタイムで描く、もう一つの「FOR REAL」。


 漆黒の夜空から音もなく落ちてきた無数の雨粒が、円形のコロッセウムに降り注いでいた。すり鉢状の構造と、観衆の熱気と呼気は、風の流れを複雑なものにする。白色の照明に照らされて、横浜スタジアムの中に生じた雨滴の渦は浮かび上がった。

 10月7日、CSファーストステージ第3戦の9回裏。

 ベイスターズはタイガースに1-2で負けていた。2アウト走者一塁。前夜、代打サヨナラ2ランを放った乙坂智が、この夜も土壇場の代打に起用された。

 祈りを込めて視線を送る青の人々は、右翼席に向かって描かれた鮮やかな弧線の記憶にすがった。打った瞬間から両手を掲げた指揮官の喜びがまた見られると信じた。ホームの強み、得体の知れない力が、打球をどこか遠くに運んでくれるに違いないと願った。

 だが、会心の一打は、2夜連続では生まれなかった。

 藤川球児のフォークがバットに当たり損ね、打球は濡れた人工芝を力なく転がった。ピッチャーゴロ。ゲームセット。CSファイナルステージへの進出を決めたのはタイガースで、それと同時にベイスターズの2019年シーズンは終わった。

 スタンドの9割がたを埋めたベイスターズファンの念が霧散していく。

 時刻は午後10時に近い。冷たい風に流された雨が、相変わらず舞い落ちていた。

濱口を迷わせた“欲”。


 レギュラーシーズンがそうであったように、CSはジェットコースターばりに展開の振れ幅が大きかった。

 第1戦は幸先よく始まった。初戦先発の大役を任された石田健大が粘りの投球で初回のピンチを無失点で切り抜けると、打線はその裏、タイガース先発の西勇輝から筒香嘉智の本塁打を含むいきなりの5連打で3点を先制。5回にも5安打を集めて点を重ねた。

 7-1の6点リードで試合終盤へ。

 たしかに勝ちを意識した時、暗雲は忍び寄る。E.バリオスが1点を失い、救援に駆けつけたE.エスコバーが北條史也に3ランを浴びる。息を吹き返したタイガース打線に、続く8回にも3点を奪われ、7-8と逆転を許す。

 4回途中には、A.ラミレス監督と三浦大輔投手コーチの呼吸が合わず、意図した継投ができなかった。おそらくは、虎にかけた縄に緩みかほころびがあった。6点リードを守り切れない逆転負け。あまりに手痛い敗戦だった。

 第2戦の先発を言い渡されていた濱口遥大は、初戦の結果にもさほど動じていなかった。

「どちらにせよ、それなりの緊張感は必ず生まれていた。だから、とにかく全力で、自信を持っていこうと。その気持ちだけでした」

 CSでの濱口の先発起用は、「意外な」と表現して差し支えないだろう。

 右股関節の痛みを訴えて2回途中で降板したのが、8月30日のカープ戦。翌31日に登録抹消となり、そのままレギュラーシーズンの終幕を迎えた。10月1日の紅白戦では2イニングを投げ、被安打7の4失点。どこまで状態が回復しているのか、未知数だった。

 4月、3年目にしてプロ初完封を記録し、5月には早くも2度目の完封を達成した。今永昇太とエースの座を競い合うかのように結果を残す左腕は、頼もしき存在になりつつあった。


 ところが、8月に入ってからの濱口は期待に応えられなくなった。

 14日のスワローズ戦で1回7失点の乱調に陥り、20日のタイガース戦も5回を投げきることなく黒星を重ねた。

「そこまでは、なんとか粘りながらやれていたんですけど、あのあたり(スワローズ戦)から、どうしようもできないというか。なかなか思ったようなピッチングができなくなりました」

 端的にいえば、自分の気持ちとうまく付き合うことができなかった。チームは上位にまで浮上してきて、肩に感じる試合の重みは増していた。自らの強みを生かすには攻める気持ちが大事だと知ってはいたが、こと立ち上がりに際して、「慎重に」の意識から逃れられない。どっちつかずの心境が乗り移ったボールは、危機を脱するほどの力を持ち合わせなかった。

 皮肉にも、シーズン序盤の完封を含む好投の記憶が、心に作用したのかもしれない。濱口は言った。

「今年、完封も経験して、どこかでそういう“欲”が出たというか、いろいろ考えすぎてしまったのかなって。目の前のバッターと対戦する前に、先を見すぎたり、自分の調子を考えすぎてしまったり……」

 8月30日のカープ戦では、体にも異変をきたした。右の股関節に痛みが走った。何度か感じたことのある痛みではあったが、「投げていて踏ん張りが利かないのは初めて」。結局この日のマウンドが、2019年レギュラーシーズンの最終登板になった。

10月4日、ブルペンでの最終テスト。


 当初は短期間での一軍復帰もあると見られていたが、予想を超えて時間がかかった。炎症の治癒を図ると同時に、同じ故障が再発しないようにするための根本的な対策に取り組んだ。

 痛みの原因は、フォームにあると考えられた。インステップするうえに、踏み出す右足のつま先が一塁方向を向いている。「前足を突っ張る投げ方」であることも加わって、股関節にかかる負担が大きくなる。

 そこで、右足の踏み出す方向を「ちょっと開き気味」にし、つま先の向きもホーム方向に修正した。映像で確認しながらフォームを身につけていく試みを続けたが、「思ったようにはステップアップできなかった」。

 ようやくフォームに対する不安が払拭できたのは、9月も後半に入ったころだ。9月27日、ファームの試合で実戦に復帰。10月1日には紅白戦での先発を命じられたが、2イニング4失点と、首脳陣の不安を一掃するような結果を残せなかった。

 濱口自身、当時はこう思っていた。
「(ファームゲームで)横須賀で投げた時、抑えはしたけど、しっくりこない部分があって。紅白戦でもそういう結果で、『ちょっとしんどいかな』というのは自分でも思っていました。『このままでは、いいピッチングをするのは難しいかな』と」

 ただ、ラミレス監督は紅白戦だけを評価の材料としなかった。濱口に対し、「もう一度、ブルペンで投球を見せてくれ」と注文したのだ。いわばCSに向けての最終テストは、10月4日のCS前日練習中に設けられた。

 そうした場の設定が、濱口の心にはポジティブにはたらいた。
「いいピッチングができれば、もしかしたらチャンスがあるかもしれない。ダメだったらダメだったで、もうしょうがない。そこに向けてやれることをやろう。とにかく自分のベストを尽くそう」

 10月4日午後、横浜スタジアムのブルペンで、ラミレス監督や投手コーチが見守るなか、濱口はマウンドに立った。邪念はもはやない。

「体は万全だし、『丁寧に、いいところを見せよう』じゃなくて。腕を振って、全力でやろうっていうことだけ考えて」

 指示された球種を無心で投げた。球は、勢いを取り戻していた。

 目を凝らしていた三浦は「いい感じだな」とうなずき、木塚敦志は「紅白戦の時と全然違うじゃないか」と笑みを見せた。こうして、CS第2戦での先発起用にGOサインが出たのだ。

立ち上がりの危機を救った大和の言葉。


 負ければ終わりの第2戦、その初回から濱口はピンチを迎える。先頭の近本光司に二塁打を浴び、2アウト三塁とした後、J.マルテを四球で歩かせた。

 この時、すかさずマウンドに歩み寄ったのが大和だった。スコアボードのほうを見つめながら、大和は語りかけた。

「まだ一、三塁やから。余裕はあるから、焦らんと勝負すればいい。2人(次打者の大山悠輔糸原健斗)でアウト1個取るくらいの気持ちでいけばいいから」

 濱口にとって、初回の立ち上がりは大きな関門だ。8月14日スワローズ戦の1回7失点の記憶もまだまだ生傷だ。ましてやCSという大舞台。濱口は振り返る。

「どうしてもゼロで終わりたいし、立ち上がり、早くベンチに戻りたいって気持ちはすごく強くありました。いいタイミングで、さりげなくそういう言葉をかけてもらえた。集中しつつも、あそこで一つ、冷静になれたのかなと思います」

 濱口は、大山を空振り三振でアウトにして、スコアボードに1つ目の「0」を刻んだ。波に乗り、2回、3回、4回と、リズムよくアウトを重ねる。3点リードの5回も、チェンジアップを決め球に2つの空振り三振を奪った。


 ところが、2アウトを取ってから、そのチェンジアップを捉えられた。北條、福留孝介に連続タイムリーを浴び、三嶋一輝にマウンドを譲った。やはりここでも“欲”に駆られたと濱口は言う。

「イニングを重ねるごとに腕が振れて、チェンジアップの精度もよくなっていました。でも、2アウトを取って、いろんな“欲”が出てきた。ゼロで帰りたい。5回を投げきりたい。最後の最後でもっと冷静になって、しっかり投げきれれば……そこに関しては悔いが残ります」

 それでも、ぶっつけ本番の大勝負で4回2/3を投げ、2失点。務めは果たしたと言っていい。本人も、悔いをにじませつつ、力強く語る。

「一人ひとり、1イニング1イニング、全力で向かっていったからこそ、ある程度の結果につながったのかなと思います。自信を持って、しっかり自分のやれることをやったということは、言えます」

 6回、タイガースに同点に追いつかれ、その裏、ベイスターズが1点を勝ち越し。

 9回、福留のソロ本塁打でタイガースにまたも同点に追いつかれ、その裏、乙坂のサヨナラ本塁打が飛び出す。

 上に下にと感情が揺り動かされる第2戦をものにして、CSはついに第3戦にもつれこんだ。


どう終わるかが大事――。


 10月7日、ナイターで行われた第3戦は、両チーム無得点のまま5回を終えた。タイガースはたびたびチャンスをつくりながら決定打がなく、対照的にベイスターズ打線はチャンスをつくりだせずにいた。

 先制したのはタイガースだ。6回1アウト三塁から、国吉佑樹のワイルドピッチの間に得点した。

 苦しんでいたベイスターズ打線がチャンスを迎えるのは、7回裏。N.ソトがヒットで出て、J.ロペスが10球粘って四球をもぎ取り、宮崎敏郎がヒットでつないで1アウト満塁。マウンドにいた岩崎優の投球がボールとコールされるたび、横浜スタジアムは大歓声に包まれた。

 打席の伊藤光は、2球目を打ちにいった。三塁への強めのゴロだ。北條がそれをファンブル、その間にソトが本塁を駆け抜けて同点に追いつく。

 押せ押せのムードは最高潮に達していた。ここで投手はR.ドリスに交代した。柴田竜拓はフルカウントまで持ち込み、ファウルで粘ったが、最後はスプリットにバットが回った。

 代打に送られた佐野恵太も、スプリットを捉えきれなかった。センターフライで3アウトチェンジ。最大の好機で、勝ち越すことができなかった。

 タイガースは8回に1点を取った。死球、盗塁、暴投で三塁に走者が進み、梅野隆太郎の犠飛で得点した。

 これが、決勝点だった。

 シーズン終了と同時に、ラミレス監督の来シーズンの続投が正式に決まった。

 続いて筒香の、ポスティングシステムを利用したメジャー挑戦を容認するとの球団発表があった。

 第3戦の9回裏、ホームランが出れば同点の場面で、藤川の直球に空振り三振を喫したのが、筒香の今シーズンの最終打席になった。横浜高からドラフト1位で入団し、在籍10年。筒香がいないであろう来シーズンのベイスターズは、どんなチームになるだろう。


 ただ一つ言えるたしかなことは、2位まで来れた今シーズンを越えることが絶対の使命となったことだ。

 近づいたから、なおさら悔しい。

 その悔しさは自らの力で晴らすしかない。

 どう終わるかが大事――。

 ラミレス監督が繰り返し口にし、多くの選手も心の中で唱えるようになった言葉だ。今年の終わり方は、よかったのか、どうか。

 2019年最後の勝利に貢献する投球をした濱口は、言った。
「難しいですね……。たとえあの試合(CS第2戦)で完封をしていたとしても、シーズンを通して見た時に、やっぱり気持ちよくは終われない。『もっと何かできたんじゃないか』という思いのほうが圧倒的に強いです」

 もっと何かできたんじゃないか――。

 それは濱口だけの思いではないだろう。

 それぞれが自問し、答えを探り、それを結果として示した時、リーグ優勝の悲願は現実になる。

『FOR REAL - in progress -』バックナンバー
https://www.baystars.co.jp/column/forreal/

写真=横浜DeNAベイスターズ
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