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川口和久WEBコラム

マシソンを語らずして「3連覇」は語れず。ありがとう、戦友/川口和久WEBコラム

 

不器用だけど、ほんとマジメな男だった


9月27日、阿部慎之助の引退セレモニーがあった東京ドームの試合では先発に


 先日、ジャイアンツの国際部で外国人選手のスカウトをしている塩川哲平君と飯を食っていたら、「そういえば、きょうマシソンが引退会見をするそうですよ」と言われた。
 俺が巨人のコーチ時代、塩川君はチームの通訳で、マシソンも担当していた。

 スコット・マシソン。2012年に巨人に入団した鉄腕だ。
 巨人は12年からリーグ3連覇。当時、原辰徳監督は「うちは(阿部)慎之助のチーム」と言っていたが、俺は「いやいや、スコット鉄太朗もいますよ」と思っていた。
 マシソン─山口鉄也西村健太朗の勝利の方程式だ。

 マシソンはセットアッパー、抑えとどちらでも結果を残し、3人のなかでも中心的な選手だった。
 13年が一番かな。63試合に投げ、40ホールド、防御率は1.03だからすごい。

 来日3年目くらいまでの彼の真っすぐは本当にすごかった。うなりをあげてキャッチャーミットに吸い込まれる。最初は、ほとんど真っすぐだけだったが、見ていて、まったく打たれる気はしなかった。
 1年目、甲子園の阪神戦で、友寄球審から言われたこともある。
「久しぶりに、こんな速いピッチャーを見たよ」
 3人のリレーが固まった後、他チームからは「巨人戦では、野球が6回で終わる」と言われていた。7、8、9回、この3人が出たら、もう逆転は無理という意味だ。

 ただ、ピッチング以外は不器用な男で、最初にファーストへのスローイングを見たときはびっくりした。
 捕球後、踏ん張って投げることができず、走りながら投げて、しかも暴投ばかり。最初は他球団のスコアラーにばれちゃいかんと、練習を隠れてやったからね。

 マシソンから
「カワグチ、教えてくれ。投げ方が分からないんだ」
 と言われ、まずは、ひたすらファーストスローの練習をさせた。ほんと手取り足取りだったね。
 当時の彼はセットが止まらない、バント処理ができない、ファーストスロー、セカンドスロー、サードスローと全部できない。二重苦三重苦の状態。原さんからは、「カワ、先発させればいいよ。悪いところが全部出るから自然と直るだろ」と言われたこともあった。
 俺と当時コーチだった秦真司がつきっきりでやったんだが、困ったのは、頭から入ろうとすること。
 ものすごく向上心が強く、外国人選手にしては珍しいほどマジメで練習熱心なんだが、すべてを頭で理解してからやろうとするところがあった。
 俺は「頭じゃなく、体で覚えろ」と言っていた。

 頭で考えるポイントは単純にしたほうがいい。
 投げる方向に肩のラインをつくってとか、いくつかにポイントを絞り、あとはマシンのように同じことを繰り返しながら体に覚え込ませないと、とっさにはできない。

 彼については、短い間ではあったが、苦楽をともにした戦友だと思っている。瞬間湯沸かし器でね、カッとなると、顔が真っ赤になるんだ。それも誰かに怒るんじゃなく、自分のふがいなさに対して怒って、自分で自分を責める。
「待て。そんなことで自分を責めるな。それより練習して克服すればいいんだから」
 と何度言ったか。

 あと彼に「真っすぐだけで抑えられる時期は長くないよ。試合で使うかどうかはともかく、スライダー、フォークも練習しよう」と言って、立ち投げではあったが、教えたこともある。
 今年見ていたら、ずいぶん変化球が多くなった。フォークはまったく落ちなかったけどね。少しは、あのころのアドバイスが役に立ったかなという思いとともに、真っすぐで押せないマシソンに寂しさもあった。

 最後はヒザがパンクしたらしいね。塩川君に聞いたら、投げるのが怖いと思うほどだった、という。
 カナダの代表として東京オリンピックで投げて、そこを野球人生の最後にしたいというから、もう一度、ピッチングを見られるんだな。ただ、あまり無理せず、まずはゆっくり休んでくれ。

 お疲れ様、マシソン。君がいなかったら、あの3連覇はなかった。俺もコーチとして、いい思いをさせてもらった。本当にありがとう。

写真=BBM
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