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東大エース・小林大雅が神宮に刻んだ“29敗の美学”

 

ラスト1球まで貫いた勝負へ果敢に挑む姿勢


東大の4年生左腕・小林は法大2回戦(10月27日)で気迫の投球も、悲願のリーグ戦初勝利に結びつかなかった


 東大の主将・辻居新平(4年・栄光学園高)はリーグ戦最終戦後、4年間ともに戦ったチームメートに対して、こう発言した。

「チームを支えてくれた29敗は、勲章だと思っています」

 勝負事には勝者がいれば、必ず、敗者が存在する。だからこそ、相手チームをリスペクトしなければならない。創部100周年の東大野球部の左腕エースは、勝負へ果敢に挑む姿勢をラスト1球まで貫いた。

 法大2回戦(10月27日)。東大の先発マウンドに上がったのは前日、2失点完投(0対2)も打線の援護に恵まれなかった左腕エース・小林大雅(4年・横浜翠嵐高)だった。

「僕に1勝を! 僕以外からは伝わってきた」

 1年秋のリーグ戦デビュー以来、前日までに50試合に登板し、0勝28敗。卒業後は一流企業への就職が決まっている小林にとって、真剣に白球と向き合うのは今秋が最後だった。

 チームは自身が2年秋、法大から連勝で勝ち点を挙げて以降、1引き分けを挟んで前日までに41連敗。当時の4年生左腕・宮台康平(現日本ハム)がいたシーズンである。今秋はすでに44季連続での最下位は決まっていたが、最終カードの法大戦で悲願の自身初勝利で有終の美を飾ろうと、意気込んでいた。小林は「点を取られなければ負けることはない」と、法大戦を前に早くから連投を志願し、2戦連続での完封勝利を念頭に置いていた。

 法大1回戦では敗戦投手となったものの、被安打3で、わずか86球の省エネ投球だった。これで、チームは41連敗。2回戦、小林は当然のように連投した。東大・浜田一志監督は「小林に勝たせたい」と連呼していたが「疲れていても、一番良いピッチャーなので、それに託した。ノスタルジックに連投させたわけではない」と、あくまでベストの選択肢として、背番号17を起用したのである。

 東大は3回までに3対0と優位に試合を進める。4回に1点を返されるも、6回裏に小林が自ら適時打を放って貴重な追加点を挙げる。

 4対1。しかし、残り3イニングが長かった。7回に1点差に追い上げられると、8回には法大の主将・福田光輝(4年・大阪桐蔭高)の右越えソロで追いつかれる。9回表に2点を勝ち越され(4対6)、リードを守ることができなかった。小林はマウンドを譲ることなく134球を一人で投げ切り、9回裏も「3割バッターなので」(浜田監督)と打席に立った(結果は遊ゴロ)。東大最後の攻撃は3人で終わり、小林の悲願は実現しなかった。

「僕が(期待に)応えられなかった。僕が下手くそだったことに尽きる。50試合以上投げてきて、勝てなかったのは悔しい」

 小林を責める者は誰もいない。「一番・中堅」として打線をけん引した主将・辻居は試合後、一塁側ロッカールームで「勝たせられなくてゴメンな。今までありがとう」と、小林に感謝の言葉をかけた。取材ではこう言った。

「1勝できたら良かったですけど、彼の成績、29敗というのは僕らとしては素晴らしいと感じています。いつも先頭に立って、挑み続ける姿を見せてくれました。小林がいなければ、ここまでの試合はできなかったですから」

法大監督からも敬意


法大2回戦。最大3点リードを守り切ることができず、9回表に勝ち越しを許している


 敵将の法大・青木久典監督は、相手校エースの獅子奮迅の投球に脱帽。2試合を通じ、ツーシームを巧みに使った配球に手を焼いた。

「敬意を表します。素晴らしいですね。気迫、気持ち……。常にポーカーフェースで、ピンチでも動じない。投手分業制の中でも一人で投げ抜く中で力の入れどころ、抜きどころが分かっている。130キロをいかに速く見せるか……。法政のピッチャー陣にも力勝負だけではなくて、投球術も勉強してもらいたい」

 東大・浜田監督は目頭を熱くさせて言った。

「小林には、どうしても、1勝させたかった……。(小林以外も)4年生は練習熱心。東大生は努力の天才だ! 勝ち点を取ったとき以上に、こみ上げてくるものがある」

 神宮では勝ち星に恵まれなかったが、小林は昨夏、東京六大学選抜として出場した世界大学選手権(対チャイニーズタイペイ)で救援勝利を挙げ、チームの優勝に貢献している。

「貴重な経験。他大学の選手たちと一緒にプレーする中で、1ランクレベルアップできた時間だと思います。1勝ですか? やはり、リーグ戦とは別ものです」

 神宮では51試合登板、0勝29敗、防御率5.64。小林は野球と、今後の人生を重ね合わせて言った。

「うまくいかないことのほうが多かった。相手のほうが強いことは分かっている。そこで、肝心なところで、勇気を出せていけるか。これからも、決断しないといけない瞬間がくる。そこで臆せず、自分の思いをぶつけられる人生にしていければと思います」

 主将・辻居が感謝を込めて語った「勲章」を小林に伝えると、照れくさそうに言った。

「大きなケガなく、やってこられた。みんなのおかげでマウンドに上がることができた。チームメートに感謝したいと思います」

 29敗の美学――。

 この日の神宮球場ネット裏記者席では、なんとなく「小林を勝たせたい」という空気が流れていた。一塁側の東大応援席も全力で後押ししていた。それだけ、小林の力投は皆の心に響いたが、勝負の世界は非情だった。

 今秋、小林は10試合中、リーグ最多の9試合(6試合先発)に登板し、リーグトップを独走する63回1/3で968球を投じた。記録と記憶、そして、来春以降も戦いが続く後輩へ財産を残し、東京六大学野球を卒業した。

文=岡本朋祐 写真=桜井ひとし
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