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シーズンオフを騒がせた数々のトレードとは?

 

 過去、シーズンオフには数多くのトレードが行われてきた。中には球界を騒がすビッグトレードもあり、1978年の江川卓小林繁のトレードはその代表格だろう。今回は、シーズンオフを中心に野球界を騒がせたビッグトレードを紹介する。

チームのスターが移籍する衝撃トレード


ダイエー入団会見の内山、秋山、渡辺(左から)


●チームの主力同士のビッグトレード(1993年オフ)

西武秋山幸二渡辺智男内山智之
・ダイエー:佐々木誠村田勝喜橋本武広

 多くの野球ファンが「衝撃だった」として挙げるのが、1993年オフに西武とダイエーとの間で行われたこのトレードだろう。清原和博と並び西武の顔だった秋山、ダイエーの中心選手だった佐々木だけでなく、渡辺や村田も当時の主力メンバー。放出などあり得ないと思える選手ばかりだった。

 選手も突然のトレード発表に驚きを隠せず、当時秋山は球団から呼び出され、わずか15分の会議でトレードを宣告されたという。結果的に秋山はダイエーの主力となり、後に監督としてチームを日本一に導く。一方の佐々木は盗塁王を獲得するなど活躍を見せたが、腰痛に苦しんで調子を落とし、1998年オフに阪神に放出されている。

中日入団会見の落合(右。左は星野監督)


●2年連続三冠王が志願トレード(1986年オフ)

ロッテ落合博満
・中日:牛島和彦平沼定晴桑田茂上川誠二

 1986年オフ、ロッテの落合がトレードで中日に移籍することが発表された。対する中日は投手陣の柱だった牛島や期待の若手である平沼など4人。2年連続三冠王を放出するという普通ならあり得ないトレードだ。しかし、ロッテは前年までチームを率いた稲尾和久監督を解任しており、稲尾監督を敬愛する落合はチームにいたくないという思いがあった。球団もそれなら今放出すべきと考え、放出に至ったという。

 トレード先はまず巨人が挙がったが、条件が折り合わず頓挫。一方、中日は新監督に就任した星野仙一が出血を覚悟してでも獲得するとコメント。その言葉どおり、チームの主力である牛島や若手有望株を出すとロッテに提示し、ビッグトレードを成立させた。

阪神から深夜にトレード通告を受けた田淵


●深夜に非情のトレード通告(1978年オフ)

・阪神:田淵幸一古沢憲司
・西武:真弓明信竹之内雅史若菜嘉晴竹田和史

 1978年11月15日深夜、阪神の顔だった田淵に球団からトレードが通告された。トレード先は、親会社がクラウンライターから国土計画(後のコクド)に変わった西武ライオンズで、西武からは真弓、竹之内、若菜など主力を含む4人が阪神に移籍することになった。

 当時32歳だった田淵は、肩の衰えはあったもののシーズン38本塁打を放つなど打力は健在で、翌年の活躍も期待されていた。しかし、球団は史上初の最下位となったチームを改革するために田淵の放出を決めたという。一方の西武は本拠地移転を機にスター性のある選手を欲しており、田淵はその思惑に当てはまる選手だった(同じ年に野村克也も西武に加入している)。

世紀の大トレードと言われた山内(左)、小山の交換トレード


●球界が揺れた世紀の大トレード(1963年オフ)

・阪神:小山正明
・大毎:山内一弘

 1963年オフの阪神・小山と大毎・山内のトレードは、当時「世紀の大トレード」として騒がれた。1953年に阪神に入団した小山は翌年からローテーションに定着。1958年からは3年連続で20勝以上を挙げるなど、村山実と並ぶ阪神のダブルエースとして活躍した。しかし、球団は村山を優先する考えだったため、小山には常に放出のうわさが付きまとっていた。そこに、当時エースを欲していた大毎の永田雅一オーナーから山内一弘とのトレードが持ちかけられ、打線を強化したい阪神がこれを承諾したという。

 大毎は翌年から東京オリオンズと名前を変え、そこで小山は30勝を挙げ、最多勝のタイトルを獲得。1973年に大洋に移籍するまで140勝を挙げる活躍を見せた。一方、阪神に移籍した山内は翌1964年に31本の本塁打を放ち、チームの優勝に貢献。1965年には通算300本塁打を放っている。

巨人入団会見のサブロー


●チームの顔の放出にファンは激怒(2011年)

・ロッテ:サブロー
・巨人:工藤隆人

 シーズン真っ只中の2011年6月29日、ロッテが選手会長のサブロー(巨人での登録名は大村三郎)をトレードで巨人に放出すると発表した。1994年のドラフトで入団したサブローは、2000年にレギュラーに定着すると、以降もチームの主力として活躍。2010年からは選手会長を務めていた。2011年シーズンのサブローは、故障により登録抹消中だったが、放出されるような成績ではなかった。にもかかわらず、球団はチームに変革が必要だとして放出に踏み切ったという。

 しかし、生え抜きとして長く貢献し続けてきたチームのスターを「シーズン途中に放り出す」という暴挙にファンは激怒。サブローは2009年に海外FA権を取得した際、移籍を封印してロッテに残留しており、ファンは球団の裏切りだとしてフロントへの不信感を強めた。結局、サブローは移籍先の巨人で結果が残せず、在籍わずか154日でFA権を行使してロッテに戻ることになる。このとき、放出を決めた役員はすでチームにいなかった。

巨人・小久保


●まさかの無償トレード(2003年オフ)

・ダイエー:小久保裕紀
・巨人:なし

 2003年11月、チームの生え抜きスターである小久保裕紀が巨人に無償トレードで移籍することが発表された。1993年に逆指名でダイエーに入団した小久保は、ダイエー一筋で9年間プレー。最多本塁打や最多打点のタイトルも獲得し、名実ともにチームのスターだった。そんな選手が「選手もお金もいらないからこの選手を引き取ってくれ」という、とんでもない条件で放出されたため、大きな騒動となった。

 まさかの無償トレードだったが、実は「小久保自身がトレードに出してほしいと申し出て、これに球団が応じた結果だった」と著書の中で本人が明かしている。トレードを志願した理由は、大ケガを負った際の治療費を巡る球団の対応に強い不信感があったからだという。巨人に移籍した小久保は、在籍3年間で94本の本塁打を放ち、2006年には主将も務めた。その後、2006年オフにFA権を行使して、ダイエー時代のフロントがいなくなったソフトバンクに戻り、2012年までプレーした。

 近年はチームの中心選手が移籍するのはFA権行使によるものがほとんど。球団としても無理に放出する必要はなく、選手もFA権取得まで待つのが無難なため、よほど条件が合致しない限りビッグトレードは起こらないだろう。ただ、その分「万が一」のビッグトレードが起こった場合は大きな衝撃になる。シーズオフの補強が活発になるのはまだまだこれから。あっと驚かされるようなトレードを期待したい。

文=中田ボンベ@dcp 写真=BBM

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