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編集部員コラム「Every Day BASEBALL」

豪快な打撃と繊細な観察。世界の代打男・高井保弘の横顔

 

球宴史上初の代打サヨナラ2ラン


1974年オールスター第1戦でサヨナラ2ランを放ち、ファンの歓声に応える高井保弘


 高井保弘さんが亡くなった。阪急黄金時代の一翼を担った強打者で、代打本塁打27本は世界にも類を見ない空前の記録だ。

 高井さんには『阪急・オリックス80年史』を作った、今から3、4年前に、その本の取材と、プロモーションのサイン会でお世話になった。そのときには、長く糖尿病を患っておられたこともあって、片手には杖があり、階段を上るのはちょっと大儀そうで、すでに現役時代、上田利治監督や選手の間で「ブーちゃん」と呼ばれた面影はなくなってしまっていたが、それでも口調も滑らかに、その野球人生を語っていただいた。南海の野村克也江夏豊のバッテリーを相手に、「オイ、何を待ってんねや」とささやかれて「ヤマの張り合いっこしましょか」と持ち掛け、球種をズバスバ言い当てながら、最後は「ノムさん、フォークや!」と言いながらホームランを打った、という、「ホンマかいな!?」という話も満載で……。

 高井さんの名が一躍有名になったのは、27本の世界記録には含まれていないが、1974年にオールスター第1戦(後楽園)で打った球宴史上初の代打サヨナラ2ランホームランだろう。1点を追う9回裏一死一塁、ヤクルト松岡弘のフォームの癖を見抜き、内角球を左足を開いて狙い打った一撃(記憶が定かではないが、「ワシ、オールスターでバット振ったの、その一回だけやで」と、言っておられたような気も……)。まさに一振りで仕留めた劇的なホームランには、代打男の観察眼と勝負強さが詰まっていた。

「松岡は投げるときにグラブが肩の線より上がってきたらカーブ、そうでなければ真っすぐかシュート」という癖を見破っていて、場面からも勝負球はシュート、と読んで狙い打った、とおっしゃっていたが、交流戦もなかったその時代、たまたまオープン戦で当たったセ・リーグのピッチャーすらそこまで研究していたのには驚かされた。「まあ、日本シリーズで当たることもあるかと思ってな」と高井さん。ちなみに、阪急とヤクルトが実際に日本シリーズで対戦するのは、そのはるか先の78年のことになる。

 セ・リーグの投手に対してさえそうだったのだから、パ・リーグの投手への研究はもちろんさらに細かかった。有名な「高井メモ」の存在だ。チームごとに分けられた6冊(なぜか5冊ではない。最初は何チームかまとまっていたのか、どこかのチームが2冊にわたっていたのか……)の手のひら大のメモ。そこには相手主力投手のフォームの癖と投げてくる球種の関係が、セットポジション、ワインドアップに分けて細かく記されていた。

「高井メモ」は常に隣にある、身近な「戦友」


 そして取材の際に驚いたのは、そのメモが、結構無造作に束ねられ、ひょいとその辺にありそうな何でもない袋の中から出てきたことだ。さらには、「エエよ、持っていき」と、撮影用に数日間拝借することも許してくださった。「もうだいぶボロボロなんもあるけどな」と言いながら出していただいたメモは、ゲームのたびに持ち歩いていたであろうものだけに、雑に扱うと外れてしまいそうなページもあり、けっこうビビりながら慎重に扱わせていただいたことを思い出す。おそらく似たような取材のたびに持ち出していたということもあるのだろうが、無造作に収められているその様子が、それだけ、そのメモが現役時代の高井さんにとって、神棚に祭っておくようなもの、というよりは、常に隣にある、身近な「戦友」であったのだな、ということを感じさせた。

 ただもちろん、そのメモは現役時代の高井さんにとっては、何物にも勝る宝だった。「水谷(実雄)が阪急に移籍してきたときに“そのメモをベンツと交換してください”と言われたけどな。“ベンツは金出したら買える。このメモは金では買えん”と断ったよ」とも(実際には、癖の研究は自分の目による観察でないと感覚がつかみにくく、他の人の感覚によるものを安易に信じるのは危険だ、ということだったが)。

 そういえば、その日はこちらが約束の時間を間違え、1時間も早く連絡して「エ、もう来たんか!」と驚かれてしまったのだったなあ……。そんなことがありながらも、取材後には、「メシでも食おか」と誘ってくださり、一緒にちゃんぽんをすすったことを思い出す。

 野球に関しては、とにかくプロフェッショナル。そこに関する自信とプライドは何よりも高い。だが、そこ以外では、気さくで親しみやすく、こちらを気遣いながら話を盛り上げてくださる。福本豊さん、山田久志さんをはじめ、取材で出会った黄金時代の阪急の選手はそんな方ばかりだが、世界の代打男も、まさにそんな一人だった。安らかにお休みください。合掌。

文=藤本泰祐 写真=BBM
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