“飼い殺し”をなくす趣旨
甲子園を沸かせた高卒ルーキーとして2013年に10勝を挙げ、3年連続で2ケタ勝利をマーク。阪神の藤浪晋太郎はプロ入り当時はライバルと言われた
大谷翔平(当時
日本ハム、現エンゼルス)よりも順風満帆だった。ところが、160キロ前後の剛速球を持つ期待の星は、近年はコントロールに苦しみ、7年目の今年は登板がわずか1試合で初の未勝利。熱狂的な虎党は縦じまユニフォームでの復活を願っている反面、一部には「他球団に行けば状況が変わるはず」という声もある。伸び悩む未完の大器はこのまま終わってしまうのか――。現状打破のきっかけは、球界が模索している新たなルールにあるのかもしれない。
プロ野球では現在、日本野球機構(NPB)と労組日本プロ野球選手会の間で「現役ドラフト」導入について交渉が行われている。出場機会に恵まれない選手の移籍を活性化させるための制度で、10年ほど前から興味を示している選手会が具体的な要求案をまとめ、19年1月の事務折衝でNPB側に提出した。
アマチュア選手を指名する一般的なドラフトとは違い、対象はプロ入りしている選手。結果を出せずに埋もれている選手の移籍の機会を広げ、新天地での成功を後押しする意味合いがある。いわゆる“飼い殺し”をなくそうというのが趣旨だ。
アメリカのメジャー・リーグ機構(MLB)では、40人枠から漏れたマイナー選手(18歳以下での入団は5年以上、19歳以上での入団は4年以上)を他球団が指名できる「ルール5ドラフト」をすでに実施。選手会としてはこれにならって導入にこぎつけたい考えを持つ。
30年前に選手会の要望で実施したが成果もないまま尻すぼみに終わったセレクション会議の反省も踏まえ、NPBは12球団実行委員会で現役ドラフト導入について協議している。だが、対象者の資格条件をどうするかなどのルールやリスト作り、その公表の是非などについて意見が分かれ、各球団の足並みがそろっていないのが実情だ。
09年にドラフト1で
巨人に入団してから泣かず飛ばずだったが、8年目オフに移籍した日本ハムで頭角を現して主軸打者になった
大田泰示、阪神から
西武に移籍した18年に11勝を挙げた
榎田大樹ら、新天地で大化けした例がある。これらはトレードだが、ルールを増やしてより移籍のハードルが低くなれば、「自分にもチャンスがある」と信じている選手はたくさんいる。
選手会側は「1年でも早く実施してほしい。まずやってみて、調整すべき部分があればそのときにやればいい」(
炭谷銀仁朗会長=巨人)と主張するが、NPB側は「見切り発車は問題が出る」と難色を示す。ある関係者は「デッドラインの1月中にまとまりそうもない。来年からの実施は難しい」と漏らす。
球団が近視眼的なエゴを捨てれば
正直、過去のセレクション会議等を振り返っても、従来トレードの亜流的な現役ドラフトが、移籍活性化の画期的な制度になるのかは疑問だ。しかし、移籍もままならず、そのときのチームの戦力事情や監督との相性の善し悪しで、実力を出せずに終わった選手は確かにいる。その昔、
ヤクルトや
楽天などで他球団を追われた選手をリフレッシュさせて活躍の場を与え、「再生工場」と言われた
野村克也氏のような監督に巡り会えるはずと、一軍に手が届かない選手は信じている。もう一度自分の立ち位置を客観的に正当に確認してほしいというプライドを納得させるためにも、現役ドラフトにすがりたいという思いは分からないでもない。
トレードは選手の意思は関係なく、あくまでも決定権を持つのは球団側。それだけでは自由がないと訴えた選手が権利として勝ち取ったのがフリーエージェント(FA)であり、海外移籍のためのポスティングシステムもできた。しかし、その恩恵を享受できるのは一握りのトッププレーヤーだけだ。
移籍に対するネガティブなイメージを持つ選手や球団は以前より減ってはいるが、もっとトレードが頻繁に行われてもいい。積極的になれない球団には、契約金などの高額投資に応えられない選手に対し、「来年こそは」という期待や、他球団での活躍が面白くないという引っかかりもあるのだろう。だが、球団が近視眼的なエゴを捨て、取り巻く環境を変えてあげようと腹をくくれば、事態が好転する可能性が出てくる。要は選手がいかにモチベーションを持てるか、なのだ。
実績のない選手の救済措置である現役ドラフトは選手側主導の権利。それを経営者である12球団が受け入れることができるかどうかも問題だ。選手会側が新ルール導入を声高に叫ぶ先には、温め続けるFA権の取得期間短縮についての要求も垣間見える。交渉が遅々として進まない理由には、労使間の主導権争いが根底にある。
写真=BBM