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元中日球団代表、東大・井手峻新監督が推し進めるチームの変革

 

昨年11月15日、東大監督に就任した井手峻氏は元中日球団代表の顔を持つ。1月11日、東大球場近くの根津神社で必勝祈願した


 母校指揮官就任から約2カ月、井手峻新監督は頭を悩ませていた。1月11日の練習始動日。東大球場近くの根津神社での必勝祈願を終えると、切実な思いを報道陣に語りかけた。

「私が大学に在籍していた当時は、勝手にグラウンドに来て野球をやっていた、感じです。正直、ちゃんと教えてもらっていない。今の学生は野球もうまいし、基礎体力も上がっている。4月に1年生が入部すると部員は100人以上になる。限られたスペースをどう使おうか、都立高校の監督にでも教えを請おうかと思いましたが、学生コーチがしっかり組んでくれるので、その心配もなかった。トヨタ自動車の『かんばん方式』ではありませんが、平日も大学の講義の間に効率よくメニューを作ってくれる。野球部の体制、練習内容もしっかりしているだけに、勝てないのが悔しい。あとはどうすればいいのか……。相手があることですので、難しいところではあります」

 井手監督は東大で通算4勝を挙げた。東大史上2人目のプロ野球選手で、中日では10年プレー。投手として17試合で1勝を挙げ、外野手としては計359試合出場と貴重なバイプレーヤーとして活躍した。引退後は一軍コーチら指導者の道を歩み、フロントとしても手腕を発揮し、球団代表も務めた要人であった。

 中日を退団後は2015年12月、学生野球資格回復の研修会を受講。同資格を回復した後は母校・新宿高をコーチとして指導し、東大球場にも足を運んで、後輩に熱心なアドバイスを送っていた。昨秋まで7年間指揮した浜田一志前監督は、任期満了により退任。野球部OB会は「最後のチャンス」と、井手氏に後任監督を要請した。野球部の役員である高橋春樹先輩理事は明かす。

「見てのとおり、75歳ですが、体も動きますし、ゴルフでは200ヤードを飛ばすんです。監督就任時の初ミーティングでは『自分の持っている野球のノウハウを伝えるまでは、死んでも死にきれない』と。母校指導に情熱を燃やしており、我々OBとしても大きな期待を寄せています」

1月11日の練習始動日は基礎練習の反復。特に守りの基本を丁ねいに繰り返しているのが印象的だった


 東大は17年秋に法大に連勝で勝ち点を挙げて以降、1引き分けを挟んで、昨秋の終了時点で42連敗中。1998年春から44季連続最下位と、厳しい戦いが続いている。5校との差をどう埋めていくのか。井手監督は再び、頭を抱える。

「守備と走塁は、理論が出来上がっている。細かい部分まで、目についた部分は指導するようにしています。時間をかけていけば、守備と走塁は形を作ることができますが、野球の8割は投手と打撃。監督として勝とうとすると、そこの部分が難しい。体力強化トレーニングは十分、やっている。早くゲームをやってみたい。実戦を経ないと、新たな課題も見つけられない」

 活動拠点である東大球場は10月まで外野フェンス付近の工事のため、10メートル以上狭くなっており、オープン戦を行うことができない。対外試合はすべて相手校のグラウンドでの遠征試合となるが、例年以上にカード数が増えている。また、A戦(主力)はリーグ戦を想定して土曜日からの3連戦をマッチメークし、より本番に近い形で調整を進める。また、B戦(控え)のオープン戦も積極的に組んで、チーム全体の底上げと新戦力の台頭を期待している。主将の笠原健吾(4年・湘南高)は言う。

2020年の東大の新主将・笠原健吾(4年・湘南高)は早くも「井手イズム」の浸透を感じ、春のリーグ戦への手応えを得ている


「入部してから感じることですが、自分たちはゲームの中での経験が圧倒的に足りていない。ほかの5大学の選手たちは中学、高校と全国の高いレベルでプレーしており、東大が競った試合、延長の展開を落としてしまうのも、そういった差が最後に出ているのかな、と。リーグ戦を戦い抜くには、オープン戦3連戦以上の体力と精神力が必要です。チームとしての戦略、戦術を実戦の中で鍛えていきたいと思っています」

 すでに「井手効果」は出ているという。主将・笠原は目を輝かせて言う。

「走塁、守備についても毎日、新たな発見ばかりです。井手監督は理論立てて説明してくれるので、自分たちとしても吸収しやすい。選手個々に注意することも、全員で共有するようにしています。目標から逆算して、今、何をすべきなのかをメニューに落とし込んでいます」

 年間4勝を挙げた2016年、法大から連勝で勝ち点を挙げた17年秋の成績らを参考にして「チーム打率.250、得点40、チーム防御率4点台」を設定。現実的な数字を追いかけていく中で、当面の目標は「勝ち点奪取」だ。井手監督は「まず1勝。1勝しないことには始まらない」と慎重に語るが、厳しいプロの世界で戦ってきただけに、貪欲さもある。「1つ勝てば、勝ち点。狙いは優勝ですからね」と不敵な笑みを浮かべた。

 毎年1月の練習始動日、主将がペンキでチームスローガンをシートに書くのが東大の伝統だ。

「自分は東京六大学、神宮球場という最高の環境でプレーさせていただく感謝と自覚を込めて『真摯』という言葉を挙げたんですが、最終的には4年生同士の話し合いで『挑戦』に決まりました。昨年は創部100年。勝ち点を取る。優勝するという目標を101年目につないでいく意味でも、良いスローガンだと思います」

 元プロ・井手新監督の下で変革を進める東大は2020年春、不気味な存在となりそうだ。

文=岡本朋祐 写真=BBM
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