
広島新庄高の2年生左腕・秋山は「中国No.1」左腕の呼び声である
サウスポーが育つ土壌があるようだ。
広島新庄高は6年ぶり2回目のセンバツ甲子園出場を決めた。「中国・四国」の一般選考枠は「5」。昨秋の中国大会4強の中国3位・広島新庄高と四国大会4強で四国3位・岡豊高(高知)の比較検討。選考委員会における議論の末に「圧倒的に強いだろう」(選考委員)と、広島新庄高が評価を上回った。
決め手となったのは新2年生左腕・秋山恭平の存在だった。中国地区を担当した選考委員は「中国No.1左腕で、球速は130キロ台ながらコースに投げ分ける」と素材を絶賛した。秋山は1回戦から3試合を一人で投げ抜き、倉敷商高(岡山)との準決勝は延長11回の末に惜敗(4対7)している。
広島新庄高は春夏で過去3回、甲子園に出場しているが、いずれもエースは左腕を擁した。しかも、多くのインパクトを残している。
2014年春、春夏を通じて初出場へ導いたのは
山岡就也(国学院大→JX-ENEOS)。右足を大きく上げる独特なフォームで、桐生第一高(群馬)との2回戦では延長15回引き分け(1対1)。翌日の再試合も9回完投したが、惜しくも敗退している(0対4)。
「再試合」と言えば、甲子園には届かなかったが、13年夏の広島大会決勝では左腕・
田口麗斗(現
巨人)と瀬戸内高・
山岡泰輔(現
オリックス)との対戦は、0対0で双方譲らずに15回引き分け。中1日の再試合は1対0で瀬戸内高が勝利。両エースともマウンドを譲らず、24イニングに及ぶ死闘は、今も球史に残る「名勝負」として語り継がれている。
15年夏、16年夏は
堀瑞輝(現
日本ハム)が主戦投手。伝家の宝刀・スライダーを武器に、16年夏は3回戦に進出した。侍ジャパンU-18代表では守護神としてアジア選手権で優勝に貢献。チャイニーズ・タイペイとの決勝でも胴上げ投手に輝き、当時、チームを率いた小枝守監督から全幅の信頼を受けていた。
偉大な先輩の系譜をたどるのが秋山である。18年には侍ジャパンU-15代表でプレー(第4回WBSC U-15W杯、パナマ、日本は4位)した逸材だ。
170センチ65キロ。昨秋は公式戦6試合で防御率0.86と抜群の安定感を見せた。21イニングで24奪三振、四死球6とコントロールの良さも武器。写真の投球フォームを見ても、ボールの出どころが見づらそうだ。昨秋の中国大会では背番号10だったが、センバツではエース番号を着ける可能性もある。20年春。知将・迫田守昭監督の下で、新2年生左腕が躍動する予感が漂っている。
文=岡本朋祐 写真=BBM